暁の星 38
俺たちが首都ベルダウの視察を終えた日の夜、晩餐会の後に実務者協議が行われた。
これまで帝国側はリディアーヌひとりが参加していたのだが、今回からは帝国の人員は全員参加である。
ただしリディアーヌからはなにもするな、発言するなとのお達しがあった。
『視察はいかがでしたか?』
『大変興味深かったです。様々な発展した技術があり、国民の生活が豊かになっているのが見て取れました。特に驚きだったのが、新聞と紡績工場ですわね。どちらも大量生産という帝国にはない考えでした』
口を挟むなと言われたけど、なにを話しているのか分からないから挟みようがないんだよな。
『お目が高い。どちらもこの国には欠かせないものです』
『特に紡績工場、あれだけの大きさの機械が勝手に動いているというのは驚きを通り越してしまいました。人力や風車、水車ではありませんわよね』
『はは、詳しいことは国家機密となりますのでお伝えできないのが残念ですな』
うーん、誰か通訳してほしい。シルヴィさん、できるよね?
俺からの目線に気付いたシルヴィは首を横に振った。
リディアーヌは俺たちに喋るなと言っていた。だから俺が聞き取れないことを分かっていてこの場に連れてきたということになる。
それはつまり会談の内容を俺が知らないほうが都合がいいということなんだろう。
シルヴィはその意を汲んで、通訳を拒否したのだ。
じゃあなんで俺ここにいるの? となる。
『これだけの工業生産力があるということは、逆に言えばそれだけの資源を必要とするということですわね』
『資源採取も効率化しているので、今のところ国内産出量で足りています。いますが、まあ、コストがかかりすぎるわけです』
『そこで帝国から賠償金代わりに鉱物を輸入したい。その交易路を帝国側に整備させたい。ここまでは前回のお話通りですわね』
『前回は色よい返事をいただけませんでしたが、レギウム連合国の技術力はごらんになっていただいた通りです。鉱物採掘にあたって必要な技術供与の準備があります。決して悪い取引ではないはずです』
『そうですね。亡者はまさしくあなたがたの理想とする労働者なのでしょう。食わず、寝ず、休まず、働き続けることができる』
『経済界は欲しがるでしょうね。倫理的な問題や、危険性からレギウムに導入することは不可能ですが』
なんかよくわからないけど、相手の機嫌は良さそうだ。
俺としてはレギウムとはいい関係を築いて、技術協力したいんだよな。
フラウ王国にせよ、アルブル帝国にせよ、大陸西側では劣等国扱いだ。
これは国の規模ではなく、技術力で西側が先行しているからである。
この技術独占はかなり厳しく囲われていて、大陸中央部までは届いてこない。
レギウムから技術供与を受けることができれば、滅びかけのアルブル帝国はともかく、フラウ王国の立場はかなり改善すると思うんだよな。
アレクサンドラとの約束があるから今の国王の首はいただくが、フラウ王国そのものに滅んでほしいわけではない。
『本日、首都を視察させていただいた結論としましては、生存者の返還、および賠償金として鉱物をお渡しするはするものの、交易路の整備については断固として反対いたします』
『……なぜでしょうか? そもそも交易路の整備なくしては鉱物を運ぶことができないのでは?』
『運搬には何の問題もございません。私の旦那様はどれだけの量の鉱物でも一瞬でレギウムに運んでこられますから』
『それは、どういうことですか?』
『同席している私の旦那様が魔法使いである、ということはすでにご承知ですわよね』
『ええ、まあ、そういう力を持つ者がいるということは否定しません。我々にも勇者様がいらっしゃいますし』
『旦那様の魔法は汎用性に優れています。大量の物資を一瞬で違う場所に運ぶことが可能です。故に交易路の整備は必要ありません』
『ええ、まあ、それが可能なのであれば賠償金の支払いに問題はないのでしょう。しかし採掘に関する技術は必要ないのですか? 交易路がなければ技術者や道具の移動が難しくなりますが。それも魔法で運ぶのですか?』
『いいえ、技術者も、技術も、道具も必要ありません。帝国は大量の亡者を利用し、数の力で賠償金に足る鉱物を掘り出します』
『仰る意味がよく分かりません。我々は技術指導を行っていいと言っているのですよ?』
『ええ、理解しています。その技術指導は必要ないとお答えしているのです』
『……発展途上国のままでいることを選ぶ、ということですか?』
リディアーヌはクスッと笑った。
『発展する気がないのですから、発展途上国という言葉は誤っていますね。私たちはあなたたちの主張で言うのであれば、未発展の国のままでいると言っているのです』
『帝国の置かれている政治的情勢は聞き及んでいます。西にはフリュイ共和国という、比較的発展した国がある。南のフラウ王国は文明発展度は低いものの、人口が多く、あなたの配偶者とは別の魔法使いを有している。帝国は追い詰められているのでは?』
『ええ、ですがレギウムの技術供与を受け入れるということは、つまりレギウムによる帝国の植民地化なのではありませんか? 現在のアルブル帝国には国民はわずかしかいません。鉱物採掘のために技術者が押し寄せてくれば、あっという間に我々は母屋を奪われる』
リディアーヌはニッコリとアルカイックスマイルを浮かべる。
『労働者を流入させ、現地住民に民主主義を流布し、自由経済を広めて、皇室への不満を高めさせ、帝国民に人権意識の高い人材による統治を望ませ、革命を起こすか、民主主義化を推し進め、気が付けば帝国はレギウムの一部になっている。そんなところではないですか?』
『それはあまりにも悪意的なものの見方だ』
『ですが、帝国としてはこの可能性を恐れているのです。故に人の行き来ができる交易路や、技術者の入国を認めるわけにはいきません』
『国家としての成長するチャンスですよ』
『そうですね。うまく立ち回ればそうなるでしょう。しかし、結果的に国民が幸せになれますか? 私が真に問いたいのはこの一点です。高貴なる血が民衆にその存在を許されるのは彼らが幸せに生活できるように努力を怠らないからです。あなたがたの言う国家の成長は、果たして国民を幸せにするのでしょうか?』
お願い、誰か翻訳して。




