暁の星 35
確かにリディアーヌの言う通り、地球でも産業革命が起きたとき多くの失業者が出たと習った気がする。
あれはどうやって解決したんだったか。
ちゃんと勉強してこなかったことが悔やまれる。
「失業者の問題は確かにあります」
セリュールさんが言う。
「機械化で言い方が正しいのはわかりませんが、これまで職人が手作業で製造していたものが誰でも簡易に製造できるようになり、職にあぶれた者たちが問題になっています。ですが工場では人手不足でもあり、技術に自信のある職人が工場で働くのを拒否しているという側面もありますね」
「若い人は転職も容易でしょうが、ご年配が職を失うと社会復帰が難しいですわね」
「だが経済発展は恩恵が大きい。そりゃ新しい形に適応できない人が弾かれる、というのはあるのかもしれないが」
「国策として経済発展を推し進めるべきだというのは理解しています。フラウ王国もヒラシアメニク商業都市連合に工芸品の類いをいいように買いたたかれていましたし、国際競争力を得るために自国産業を発展させるのは必須です。ですが、国内が荒れてもそれはそれで問題です。国民生活が豊かになったように見える一方で、貧困層が増えるのは見過ごせません。レギウムではなにか対策をされているんですか?」
「そうですね。公共工事、でしょうか」
「公共工事? ああ、国家事業ということですね」
「ええ、街道整備や、治水工事など、経済発展によって増えた税収で国内整備を行っています。こういう工事にはどうしても人手が必要ですから、失業者の減少に一役買っています」
「なるほど。国からの仕事であれば、支払いの心配をすることもありませんし、人を雇えますわね」
なるほどなー。
進んだ世界の知識があっても、ちゃんと勉強してないと現地の人に運用で負けるぜ。
「旦那様は失業者対策はどんなものを思いつかれますか?」
急に指さないでくれる!?
「あー、そうだな、新しい産業の開発だな。例えば娯楽産業とか」
「娯楽ですか?」
「大量生産が確立するってことは、生きるために最低限必要な要素。つまり食料、衣料、家屋が国民に行き渡るようになるってことだ。そうすると生活以外のことに時間を使えるようになるだろ」
そう言って俺は考える。
「そうだな。金属版があるなら、本なんかいいんじゃないかな。識字率の向上にも貢献するだろうし。王国だと本というと写本だったろ。これを工場生産できるようにする。まず文字を覚えるための絵本のようなものから作れたらいいかもな」
「素晴らしい考えです!」
食いついたのはセリュールさんだった。
「識字率の向上はレギウムにとって長年の課題です。それを娯楽として解決しようとするアイデアは斬新で革命的です」
「ええー、民主主義ってことは選挙やってるんですよね。なのに識字率が低いんですか……」
いや、不思議ではないか。
前世の世界でも識字率4割以下の民主主義国家とかあった気がするし。
「お恥ずかしい話なのですが、調査による識字率は6割ほどで、かなり改善はしたのですが、地方では教育が行き届いているとは言えず……」
近代ということを考えれば識字率6割は十分に高い気もする。
「6割ですか。つまり都市部では教育が行き届いているということですわね」
リディアーヌが驚いたように声を上げた。
「教育制度について伺ってもよろしいですか?」
「レギウムの都市部には学校があり、親が望むのであれば子どもに教育を受けさせることができます。ですが、決して安くない授業料がかかりますし、教会の無料教室に通わせる親の方が多いですね。数字が読めて簡単な計算さえできればいいという親が少なくないのです」
「なるほど。教育にはお金がかかりますし、投資結果を得られるのはずいぶん先になりますものね」
王国でも平民が教育を受けるのは教会だった。ただレギウムと違うのは、平民には教会しか選択肢がないのだ。
それ以外で教育を受けようとすると家庭教師を雇わなければならない。
よほどの金持ちでなければ専門的な教育は受けられないのである。
「レギウムでは職業選択の自由がありますが、読み書きができなければ当然、働き口も限られてきます。失業者の問題にも繋がります」
「ああ、確かにその道一筋の職人は、その世界以外のことなんにも知らなさそうだな。印象だけど」
「実際にそうなんです。それ以外の生き方を知らない人たちが、突然あなたたちの技術はいらなくなったと言われたわけですね」
「でもなんでもかんでも機械化できるわけじゃないし、職人にしかできないサービスで個別化を図ることはできるよな」
「旦那様、それはできる側の人ですよ。そしてできない人が圧倒的に多数なのです」
あー、大きな声では言えないけど、比較されることがなかったから職人といっても腕がいいわけではないのか。
「でも世の中ってそういうものだろ? 必要最低限の有能さがなければ落伍するんだ」
前世の俺がそうだったように、世間の当たり前に適応できない者は必ず生まれる。
「それは偏った物差しですわよ。旦那様。社会的成功だとか、財産の有無だとかは、その人の人生に影響は与えますが、それが絶対ではありません。とある道で落伍したとしても、自分だけの道を見つければいいではありませんか。いま私たちがそうしているように」
言われてみれば確かにそうだ。
フラウ王国で約束されていた栄光の道から俺たちは落伍した。
国で偉い人になって、傅かれて、贅沢をするような生活はもう手に入らない。
だけど落ちぶれたとは感じていない。
一般的な物差しでみればそうなのだろうけど、俺はアレクサンドラを切り捨てて終わりにはできなかったんだ。
そして妻たちはそんな俺についてきてくれた。シルヴィはちょっと違うかもしれないけど。
まだやるべきことはたくさんあるし、やりたいこともたくさんある。
つまり落伍したからと言って人生が終わりではないのだ。




