暁の星 30
俺たちを加えた使節団はクロウエルーロで宿泊することになった。
市街地の中心にある高級そうなホテルだ。
レギウム政府の要人たちが泊まるということもあってか、一棟貸し切りで、この建物に他の宿泊客はいないらしい。
俺たちにはツインの部屋が三つ割り当てられた。
女性陣で二部屋、俺が一部屋かなと思っていたら、当然のようにリディアーヌがついてくる。
まあ、君の面倒は誰かが見ないといけないよね。
帝国に亡命してからというもの、リディアーヌの面倒はシルヴィがみていた。
マルーに任せる手もあるんだけど、フィラールとアレアスくんも生活能力がないからね。
それまでシルヴィに任せていたのだからと、そのままだったのだ。
「シルヴィと一緒の部屋のほうがよくない?」
「旦那様は私と一緒の部屋は嫌ですか?」
その聞き方はずるいよ。
「俺は嫌じゃないけど、旅は長いんだ。女性同士のほうが気兼ねしなくてよくないか?」
「そういう気分のときはシルヴィのいる部屋に行きますわ」
「そうだね」
別に最初にやった部屋割りを変えてもいいだろうし、……まあ、いいか。
本当は警備上の問題なんかもあるんだろうけど、身の危険があるとすればリディアーヌだけだし、そのリディアーヌは誰かのお世話になる気だから問題はなさそう。
「しかしメイドの一人も割り当てられないとは思いませんでした」
「レギウムでは貴族でも身の回りのことは自分でする文化らしいからなあ」
「非効率ですわよね」
「そうかな? 悪いことではないと思うけど。自分のことくらい自分でできたほうが良くないか? 実際、いま困ってるわけだし」
「しかしフィラールやアレアスについては旦那様もマルーに任せているではありませんか。彼らが家事に時間を割かれると、業務が滞りますでしょう? つまりそれぞれに専門性を融通しあったほうが、より効率的なのです」
「まあ、優秀な専門家についてはそうなるかもな。でもフィラールもアレアスくんも余暇の時間があるだろ。そこをちょっと家事に割り振るくらいはあってもいいとは思うよ」
俺が一般論的にそう言うと、リディアーヌは目を丸くした。
「まあ! それはいけません。旦那様。余暇とは削ってよい時間ではありません。特にフィラールやアレアスは神経を使う仕事をしています。休息の時間は絶対に削ってはいけないものです。殿方が遊んでいると目くじらを立てる女性も確かにいますが、余暇を設けない進行表で本当に仕事ができると思いますか?」
俺、働いたことないからよく分かんないな。
俺が前世で子どものころ、休日にゴロゴロしているだけの父に母が愚痴を言っていた気がする。
「女性の家事って休みの日がないでしょ? 男性が代わってあげる日くらいはあってもいいのでは?」
「それは好きになさればいいと思いますが、私は反対ですわ。家事だって休みの日や時間は作れます。ただ一般的に家事をしていなければ女性は自らの価値を証明できませんでしょう? お金を稼いでこない女性が、稼いでくる男性に家事をさせるとなると、その女性の存在価値はなんなのでしょうか? もちろん顔や体、ということもあるでしょうけれど」
君は顔も体も能力もあるからいいよね。
「でも平民女性の家事は結構大変だよ。掃除洗濯食事の用意に、水を運んでくるような力仕事もあるし」
前世の世界と違って家事はとても大変だ。
「大変、ということにしているのです。農家の女性なんかは家事をしながら農作業の手伝いもされているでしょう? 彼女らは大変だとは思いますが、逆に言えば家事をしていても農作業の時間を作れるのです」
「リディアーヌは知らないかもしれないけど、女性は空き時間で手仕事をしているものなんだ。布を編んだり、籠を作ったり、やることはいくらでもあって、時間は有限なんだよ」
「確かにそうですわね。一概にどの家庭でも、とは言えないと思います。ただ私の知る家庭に収まっている平民女性は、そういった手仕事をお友達と雑談しながらされていましたわよ」
まあ、確かに労働の強度には差があるかもしれない。
男性の仕事って、体力か神経をすり減らすようなものが多いし、危険があるときさえある。
「うーん、結局、各家庭に合わせて、相互に思いやりをもって、助け合うしかないか」
「そうですわね。家事を息抜きとして楽しまれる男性もいるでしょうし」
「まあリディアーヌの言いたいことも分かるんだよ。独身男性は仕事して家事もしてるわけで、結婚して奥さんはずっと家にいるのに、休みの日に家事をしろと言われたら、結婚のメリットって? って思ってしまうかもしれない」
「ですのでフィラールとアレアスからマルーを取り上げることはできません。そもそもですね、男性がお休みの日こそが家庭にいる女性が働く日で、他の日なんて適当に流せばいいのですよ。実際にそうしている女性は多いと思いますよ」
「真面目な人が割りを食ってるんだなあ」
俺がしみじみと呟くと、リディアーヌが俺に背を向けた。
「では旦那様、着替えたいので手伝ってはくださいませんか?」
「さっきまでの話はなんだったの?」
でもリディアーヌを脱がすのは楽しいのでやりました。




