暁の星 27
数日かけて帝国とレギウムの交渉は妥結し、第一軍はニニアエまで進軍することになった。
てっきり俺たちもそれに同行するのかと思っていたら、使節団から意外な提案を受けていたことをリディアーヌから聞かされる。
「レギウムの首都に招待?」
「ええ、私たちがレギウムの町にちゃんと入ったことがないという話をしたら、そういうことに」
確かにちゃんと生活実態のあるレギウムの町ってまだ見ていない。
「だが彼らは危険だとは思わなかったのか? アレクサンドラは支配地域でなくとも、権能で亡者を生み出すことはできる。俺との組み合わせはあまりにも凶悪だと思うが」
「おそらく脅威を正しく認識できていないのだと思います。第三軍は暴走して帝国領土に踏み込んで壊滅し、ニニアエは報復で破壊された、と思っている人さえいます」
「微妙に間違っていないところがまた」
実際に第三軍は最初の亡者たちを打ち破り、帝国へと生存者救出のために動いた。
暴走と言えば暴走だ。
長距離砲の使える平地で迎え撃つのであれば、もっと善戦できたはずだしな。
「なんにせよ私たちにとってはレギウムを知るいい機会です。受け入れることにしました」
「そうだな。俺たちはレギウムのことをあまりにも知らなすぎる。向こうが見せてくれるというのだから見に行こうか」
「出発は明日の朝です。使節団に同行する形になります。警備などの関係でそれが一番楽だからでしょう」
俺たちが乗る馬車をひとつ増やせばいいだけだもんな。
すでに日が沈んでいるが、俺は世話になった人に挨拶してまわることにした。
この駐屯地で関わったのはセルヴィスくんだけではない。
驚いたのは、日が暮れてもう仕事は終わっているだろうと思っていたのに、みんな書類仕事を片付けているんだよね。
ここらへんは明確に王国とは違うところだ。
王国の兵士というのは、その実態は農民で、字を書くことができる者なんてほとんどいない。彼らに書類仕事を求めたりもしない。
だけどレギウムではすべての兵士に日報の提出を求めているのだという。
うわぁ、俺は絶対レギウム軍には就職しないぞ。
上官は部下の日報をすべて読んで、その報告書を上に提出するんだという。
お役所的なのかなんなのか。直下の部下が何をしているかくらいしか伝わらない気がするけど、これがレギウム流ということだ。
仕事の邪魔をしながら、挨拶をして回る。
大抵の人は快く挨拶に応じてくれた。セルヴィスくんからは嫌みが飛んで来たけど、それくらい言い合える仲ってことだよな。俺は勝手にそう思っているぞ。
別れといっても今生の別れではない。
ニニアエで再会するだろうし、帝国とレギウムの今後の関係によっては、三度会うこともあるかもしれない。だから気楽な別れの挨拶だ。
またニニアエで会おう。みたいな。
翌朝、俺たちは馬車に乗り込んで出発した。
大きめの箱馬車で、俺、リディアーヌ、ネージュ、シルヴィ、アレクサンドラの他にもう一人女性の士官が乗り込んできた。アヴィータさんではない。第三軍に所属する彼女は、先行して復活した生存者として、ニニアエに向かうことになっているからだ。
復活させた男の生存者が夜中に泣き叫んでいるのに対して、アヴィータさんは落ち着いたものだったな。
これは現役かどうかの違いなんだろうか。
あの男たちも徴兵で訓練期間はあったはずなんだけどね。
話を戻して、俺たちの馬車に同乗しているのは近衛兵のセリュールさん。使節団の護衛としてこちらに来て、その帰りに貧乏くじを引いたようだ。
「近衛には帝国語を勉強した人があまりいませんから、習得している私に白羽の矢が立つのも仕方ありません」
ちなみに白羽の矢は、レギウムのことわざみたいなのが使われてたからね。意訳だよ。意訳。
「というわけで首都までの間、皆様の護衛兼案内役を務めさせていただきます」
歩く兵器みたいな俺たちにつけるのだから護衛というよりは監視なんだろうなあ。きっと彼女は鉱山に連れて行かれたカナリアみたいな気分だろう。カナリアはそこまで自分の状況を把握はしてないだろうけど。
「近衛と仰いましたけど、レギウムには国王や皇帝はいませんよね。それなのに近衛があるのですか?」
「近衛兵は首相の直属部隊なんです。軍とは異なります」
確かに軍服のデザインが全然違うよね。この場合は軍服ではないのかな? 制服だろうか。
実務一辺倒という感じだったレギウム軍の軍服とは違い、セリュールさんが着ているのは、どちらかというとスーツ姿に近い。
前世でいうならSPとか、その辺だろうか。
「では首相を守る近衛がわざわざこちらに?」
「直属といっても首相の護衛ばかりやっているわけではありません。首相が独自に動かせる軍事力ということで、使われ方は色々ですよ」
どうやらその色々の先は教えてくれないみたいだ。
セルヴィスくんならベラベラなんでも喋ってくれるのにな。




