暁の星 22
生存者の解放は、最初の四人が安全だと確認されると急速に進んだ。
レギウム連合軍の駐屯するエリアの端に、一時的な居住地区が作られ、あっという間に建物が建っていく。
俺も負けるまいとプレハブを出してみたが、レギウムの建築家には却下されてしまった。彼らの住宅に求める基準に到達していないらしい。かなしい。
肌を黒く誤魔化すのはもう止めている。
この方が言葉が通じないのを理解してもらいやすかったのだ。
当初恐れていた、白人に対する嫌悪とか恐怖のようなものは特に感じなかった。むしろ同情とか、憐憫を向けられている。
確かに帝国は滅んだが、俺たちは加害者なんだけどな。
通訳を通じて話を聞いているかぎり、レギウムの人々は基本的に善良だ。
俺たちが寝る場所は高級士官が寝泊まりしている仮設小屋のひとつを提供してもらった。代わりにここを追い出された高級士官がいるわけだが、隣国の要人を粗末な場所を提供もできなかったのだろう。
監視兼通訳が一緒についたが、行動自体は比較的自由にできる。
ネージュはずっと俺と一緒に行動しているが、シルヴィは別行動が多いし、リディアーヌには思考共有の魔道具をせがまれて、それ以降は通訳相手に言語習得に邁進している。
俺たちに応対するための専門家が来るまでは、しばらくの時間がかかるそうだ。
それがどれくらいなのかは軍人たちには分からないらしい。
政治家と官僚の両方が来るはずだそうだが、その選定に時間がかかるだろうと聞いている。
というわけで俺たちは何をするでもなく日々を過ごしていた。
簡単に今の俺たちの生活を紹介しよう。
まず朝は起床ラッパでたたき起こされ、その後二度寝する。
ちゃんと目が覚めたら、士官食堂で朝食。
ソルヴに隣接しているということで、まともな朝食が提供されている。
柔らかい白パン。味付けをして煮た豆。野菜を煮込んだスープ。スクランブルエッグ。毎朝これが出てくるので、レギウム軍士官としてはこれが一般的なレギウムでの朝食であるようだ。
リディアーヌが聞き出したところによると、白パンはレギウムでは市民の間にも流通している普及品らしい。
その工業力、特に製粉作業の自動化についてリディアーヌはかなり驚いていたが、俺にはよく分からない。
水車で石臼回すのと何が違うのん?
朝食後はもう自由行動なので、俺はネージュとともに居住地区の建築を手伝っている。
ここで生存者一万人すべての面倒を見ることは、食料的な問題でできない。だが近隣の町であったニニアエの住人が多く含まれていることを考えると、あまり遠くで目覚めさせるのも可哀想だ。
食糧問題も俺が魔物の死体を提供すれば問題ないんだろうけど、収納魔法から出したが最後、時間が進み始めるので腐っちゃうんだよなあ。
昼食は作業現場に運ばれてくるパンだけだ。
どうもレギウムの人たちは昼食に関しては簡素にすませるものであるらしい。
フラウ王国では朝食が軽めで、昼食はがっつりだったから、文化の違いを感じる。
建築現場でずっと手伝っていると恐縮されてしまうと学んだので、午後からはうろうろしているんだけど、軍事機密に近付くと通訳の士官がそれとなく止めてくるので、行けるところは案外少ない。
今日は訓練場でシルヴィが連合国兵士と白兵戦で交流戦をしているところが見られた。
というより、一方的にボコっているだけでは?
火器の扱いを学ばなければならない分、連合国の兵士たちは白兵戦の習熟が足りていないのだろう。
それを抜きにしてもシルヴィに勝てるとは思えないけど。
だって魔法を切れるとか言うんだよ、この子。
シルヴィの方も心を折らない程度に手を抜いているようだ。
そうでないと動きが目で追えるはずがない。
目にも留まらぬ、というか、まったく見えないのが、シルヴィの本気だ。
それなのにシルヴィと武器が合わさったと思った瞬間に、武器が飛んでいくか、人が転ばされるかするんだよな。
合気道の極意的な感じなんだろうか。柔よく剛を制すみたいな。
レギウム兵は銃剣を想定しているのだろう短槍で、シルヴィは長剣を使っているから武器的な優位性はレギウム兵にあると思う。
だけどシルヴィの技術はその武器の長さという強さを簡単に乗り越えている。
感心するほどでもないか。分かってたことだし。
なんて思いながら見ていると、シルヴィに見つかって強制参加させられる。
気が付くと木剣を手にレギウム兵と向かい合ってるんだけど、無理だよ。俺が白兵戦で勝てるわけないだろ!
ほうぼうの体で逃げ出して、リディアーヌのところに行く。
なんでもう連合国の言葉でやりとりしてるんですかねえ?
活発に議論しているのは分かるけど、なにを話してるのかまったく分かんないよ。
リディアーヌが俺に気付き、レギウム士官に声をかけ、会話を帝国語に切り替える。
「つまり交易品にかけている税を減らした分、減った税収を国民の経済活動に対して税をかけることで補う、という仕組みですか。確かに国家としての経済活動は活性化しそうですが、国民の経済活動を抑制することにはなりませんか? 商会のような雇用主が富み、一般市民が苦しむ流れが見えますが……」
「確かに国民の税負担は増しますが、経済活動の活性化は賃金上昇ももたらします。相互関税の引き下げで国内に流通する品が増え、輸出が増えることで製造業が潤いますし、プラスマイナスで考えたらプラスになります」
「経済活動の推進を最優先で進めるということですのね。旦那様が領地で行った施策と共通するところがございますわね」
難しい話をこっちに振らないでくれる?
とはいえ、前世の知識に助けられ、自分なりの考えがある分野だ。
「うん、まあ、裕福っていうのは抱え込んだ金の量ではなくて、より多くのお金が回っている状態だと思うんだよな。市民が稼げるようにして、同時にお金を使うようにさせる。特に王国の場合だと流通しているお金って限度があるから、いかに回すかなんだよな」
「素晴らしい考えですね」
レギウムの士官が同意してくれる。
「フラウ王国の通貨は本位制度だとリディアーヌさんより伺いました。レギウムではもう一歩進んだ通貨制度があります。それが管理通貨制度というものです。通貨に使われている金属の価値ではなく、国家がその価値を保障することで通貨の絶対量を調整します。アンリさんが言われたように本位制度では流通する通貨の量に限度がありますが、管理通貨制度ではその絶対量を国家が調整するのです」
「経済規模が大きくなるのは理解できるけど、市民に通貨の価値を信用させる手段は?」
これは前世でも思っていたことだ。
通貨の価値ってなんとなくで回ってるところない?
「国家間での取引がありますから、無闇に通貨を発行はできません。そんなことをすれば通貨の価値は下がり続け、対外貿易で信用されなくなってしまいますから」
「つまり諸外国との関係性で通貨価値が変動するってことか」
「そうですね。経済活動は非常に複雑です。様々なパワーバランスの上になりたっています」
「私はあんまりいい手とは思えないんですよね」
リディアーヌが言う。
「経済の活性化は良いことだと思いますが、諸外国と経済的な結びつきが深くなれば、自国のみでの意思決定が難しくなります。経済的な施策を打ち出すにあたって、他国の顔色を窺わなくてはいけなくなりますよね。他国が意図的に通貨価値を引き下げると、自国で抱えている他国通貨の価値も一緒に暴落することになりますし……。リスクが気になります」
「そのリスクを吹き飛ばすほどにメリットがあるんですよ」
「それも理解はしているのですが、そのメリットが本当に国民にとって幸福なのか、どうにも私は疑問に思います」
流石のリディアーヌさんも既存とはまったく違う通貨制度を飲み込み切れていないようだ。
確かにこの世界ではまだ通信手段も伝書鳩が最速みたいな感じなので、他国の政変に対応が遅れて、ということは発生しうる。
「私も専門家ではないので、後日経済の専門家とお話されるのがよろしいかと」
そういや俺たちが話している相手はレギウム軍士官であって、経済の専門家ではないな。それでもこれだけ話ができるということは、それだけレギウムの教育制度が進んでいるということだ。
やっぱり教育って重要だな。




