暁の星 21
アレクサンドラは立ち上がり、堂々とカーテシーを披露する。
かつての気弱な皇女の姿はもうどこにもない。
そこにいるのはアルブル帝国の女帝であり、黄泉返りの魔王だ。
「ご紹介に与りました。アルブル帝国の皇帝アレクサンドラです。最初に申しておきますが、私は請われてきただけで、どこの誰に対しても謝罪の意思はありません。盟友が連合国に生存者を返したい。そう願ったのでそれに従っているだけです」
レギウム連合の将校たちはざわついて、小声で言葉を交わし合う。
おそらくは自分たちの聞き違えでないことを確認しあっているのだろう。
「アレクサンドラ、そんな言い方はないだろう。交渉ができなくなる」
「表面的で、一時的な信頼を勝ち取ればよいのであればそうします。しかしアンリ様が求めるのは彼らとの長期にわたる良好な関係では? ならば私は胸襟を開くまで。彼らを騙して友好を勝ち取ろうとは思いません。私が世界を恨んでいることをお忘れ無く」
「にしたって、入り口でわざと躓くような真似をしなくても……」
「私は黄泉返りの魔王で、アルブル帝国皇帝ですよ。尊大なくらいでちょうどいいのです」
なら敬語なの止めようよ。妙な育ちの良さが隠し切れてないんだよね。
アレクサンドラと小声で話していると、将校たちの話し合いは終わったようだ。
「非常に複雑な状況だ。まず我々は軍人であり、政治家ではない。他国の要人を接待するようなことには慣れていないし、権限もない。一方であなたを敵として拘束したり、排除するのも難しい。使者として訪れた者にそうすることができないからだ。かと言って自由に動き回ることを見過ごすこともできない。これは双方の安全のためだ。よって我々があなたたちにできるのは、しばらくここにいて本国から相応の誰かがすっ飛んでくるのを待ってもらうように要請することしかできない」
「その間に先ほど話した生存者を少しずつ受け入れて様子を見る、ということを実行はできますか?」
「それは可能だ。形だけでも我々が生存者を発見したという体にすればいける」
「では、あなた方の要請を受け入れます。いいですね、旦那様。女帝陛下」
「それ以外にないな」
「私もそれで構いません」
「では生存者たちを連れてきてもらえるだろうか。あまり多くても困る。4名くらいがちょうどいいのだが」
「連れてくる、というのとは少し異なりますが……、どこに生存者を収容されますか?」
「案内させよう」
そういうことで俺たちは士官のひとりに案内されて、展開している連合国軍陣地の端まで連れて来られた。
まあ、そうだよね。
亡者化するかもしれないと思っている生存者を本陣の中にはおいておけない。
設営されている連合国の天幕は、金属の骨が入ったしっかりした作りだ。
この辺りは雪も深いだろうから、その重さに耐えられる設計なのだと思う。
てっきり地面に何かを敷いて、その上で雑魚寝くらいなのかなと思っていたら、結構しっかりした作りのベッドがあってびっくりする。
フレームが金属製で、おそらくバラバラにして持ち運べる設計なのだろう。にしても、運ぶコストがかかりすぎる気がする。
おそらく一般の兵卒はもっと簡易的な寝床なのだと思う。
ここが特別なのだ。
「この天幕は以前から?」
「急ぎで設営させました。訓練のようなものです。お気になさらず」
そりゃ悪いことしちゃったな。
それとも通常の待機業務のほうが大変なのかもしれない。
「ではこの天幕の中に4人を。うーん、どのような人物がいいですかね。男女混ぜると問題が発生しそうですし、男性ばかりで年齢はばらけさせますか」
「子どもは扱い難い、というのは正直なところあります」
「では大人で年齢層はばらけさせますか」
俺は収納魔法からベッドの上に年齢の違う男性4名を出現させていく。
案内役の士官がめちゃくちゃびっくりしてるけど、魔法だって説明はしたよね。
生存者たちは寝息を立てている。
生き物を収納魔法に入れるためには意識がない状態でなくてはいけない。だから彼らは睡眠魔法で強制的に眠らされている。
とは言ってもこの魔法は入眠魔法という程度の効果しかないので、場合によってはちょっとした刺激でも目を覚ます。
うーん、一度に4人出しちゃったけど、1人ずつ目覚めさせたほうがよかったかな。かと言って、また収納魔法に戻すのもなあ。
とりあえず最後に出したお年寄りに覚醒魔法と沈静魔法を重ねがけする。
肩を揺さぶってもいいけど、結局これが一番穏やかなんだよな。
老人はぼんやりとした様子で目を開ける。
「まりはっぱにーにーにー。くわにに。になしだがに」
どこか目がうつろなのは沈静魔法のせいだろう。
こうでもしないと亡者に襲われた最後の記憶がフラッシュバックしてパニック症状を引き起こす。
「にさわ。うとぅるえ。うこさはらまはぱ」
老人の服装からするとニニアエに住んでいた一般市民だろう。
俺が呼びかけても混乱させるだけなのは間違いない。
今は彼に任せるしかない。




