暁の星 20
「ひとつ訊いておきたい。魔法とは何ができるのだ?」
別に訊いてくれてもいいんだけど、俺たち貴方の名前をまだ知らないんだよね。
「旦那様からの説明を聞くかぎり、いつかの系統に分けられるように思えます」
なんて思っていたらリディアーヌが先に返答を始めた。
多分、この老将の名前なんてどうでもいいと思ってるんだろうな。
「ですが現象である火や風、物質である水と土を同列に並べていらっしゃるので、眉唾ですわね」
いきなり妻に正論で刺されたんだが?
四大元素である火風土水、という思い込みが俺にはあったが、確かに火や風は現象で、水と土は物質だ。その性質はまったく異なる。
実現魔法レベルで魔力を変換し炎を生み出すというのは、魔力を熱エネルギーに変えて発火させるイメージだ。一方で水を出現させる魔法は、周囲の空間から水分を集めてくるイメージで、炎のそれとはまったく違う。
幻想魔法はなんか魔力でそれっぽいのを作ってるだけなので、まあ、印象が第一だが、実現魔法での手順が違うのに同列に行使できているというのは確かに違和感がある。
なんとなくできてしまうから、それに気付いていなかった。
「結局のところ魔法とは世界を改変する力だと思われます。絵師が筆を持てばすでに完成した絵画に何かを書き足すことができるでしょう。一部を塗りつぶして書き直すことだってできます。筆に拘らずとも、ハサミで絵の一部を切り取り、別の場所に貼り付けることだってできる。つまり私たちの認知する世界の外側から、この世界に手を出すことのできる能力。それを魔法というのだというのが私の意見ですわ」
「脳が理解を拒むが、究極のところなんでもできる、と?」
「そこは使い手次第ですわね。旦那様が謎の価値観に基づいて魔法を行使されるように、魔法使いは当人の常識に縛られるようですので」
「いや、そこまで万能じゃない。魔法の行使には魔力というリソースが必要だ。引き起こす事象に応じて消費量が変わるということは、限界があるということだ」
流石にツッコミを入れておかないと、魔法ならなんでもできるということになりかねない。
「それも思い込みという可能性はありませんか?」
「これは今までの経験に裏打ちされているし」
「偶然これまでそういう法則が成り立っていたように見えていただけかもしれませんわよ。そもそも以前より不思議で仕方なかったのです。旦那様の収納魔法には膨大な量の物資が入っていらっしゃいますわよね。大氾濫で発生した魔物をできるだけ回収していたのでしょう? それらの時を止め、収納魔法という魔法の中に閉じ込めておくための魔力はどこから供給されているのですか?」
「え、でも、収納魔法ってそういうものだし……」
「そうやって経験則から外れるものを除外していれば、[経験則]は確固たるものになるでしょうね」
確かにそうだけどさあ。
なんで俺に矛先が向いているのよ。
さっきの会話でなんかそんなに怒らせちゃった?
「ですが、旦那様の言うことが正しければ、できないことがあるのも事実です。完全に死んだ者の復活はできない。時間を巻き戻すことはできない。つまり失われたものは取り戻せない。一方で瀕死からでも回復させることができますし、よく分からない理屈で大量の人や物資を運ぶことができます」
ずっとそこを突いてくるよね。
「つまり君の[旦那様]は、とてもそうは見えないが軍隊だってその身ひとつで持ち運べる、と」
「そういうことです」
あ、そこぉ?
あれ、リディアーヌに収納魔法に生きたものを入れられるって話まだしてなかったっけ? してなかったかもぉ。生存者の収納のときに初めて知って、さっきようやく説明されたところだとしたら、そりゃ怒るか。
シルヴィに言うなと言われていた意味が分かったけど、早めに伝えておいたほうが良かったかもしれない。いや、結婚するまでは駄目だったか?
「さて、脅威をご認識いただいたところで、紹介いたしますわ」
俺は背筋を伸ばす。
「今回の大元凶、現アルブル帝国女帝アレクサンドラがこちらです」
そっちかい!




