暁の星 19
そこから話はトントン拍子に進み、俺たちはソルヴに展開する連合国軍の司令部である仮設テントの中に案内された。
アヴィータさんは将校クラブで相当うまく立ち回っていたに違いない。
「ようこそ連合国へ。どうやら我々は非常に複雑な状況にいるようだな」
テーブルの向こう側、中央に座る屈強な老人が流暢な帝国語でそう言った。
「君たちが姿を偽った帝国人だということはもう聞いた。人払いは済んである。ここにいるのは信用のおける者だけだ。腹を割って話しをするためにも、その魔法を解いてみてくれないか?」
俺がリディアーヌに目線を向けると頷いたので、俺は変貌の魔法を解いた。黒くなっていた俺たちの肌が元に戻る。
テントの中の将校たちはざわついたが、パニックになるというほどではなかった。なるほど、理性的な人たちだ。
「状況の複雑さを増すようですが、私から自己紹介をさせてください。アルブル帝国の南にあるフラウ王国の元王女リディアーヌと申します。旦那様が帝国に鞍替えをされたのについてきたので、現在は帝国の民でいるつもりです。特に身分がある状態ではありませんが、第三者の立場から発言ができると思います」
「フラウという国があることは知っている」
「他の者を紹介する前に、私に起こったことを時系列で簡潔に述べさせていただきたく思います」
「承知した」
「フラウ王国の最北端、アルブル帝国と国境を接する町、シクラメンに北方より亡者の軍勢が押し寄せ、シクラメンは事実上陥落いたしました。私の旦那様が他の妻たちと共に帝国に潜入調査した結果、処刑されたはずの帝国元皇女が死者をよみがえらせる力を得て帝位を簒奪したのだと判明します。しかしこの皇女は帝国のみならず王国、そして帝国西部の共和国の三国がそれぞれに政治的駆け引きを行った結果、陥れられ処刑されたものであるとも判明します。それを知った旦那様は女帝となったこの元皇女に味方すると誓い、その協力と引き換えに彼女が無差別に侵攻させていた使者の軍勢を引き上げさせることに成功しました。その際、連合国の生存者を一万人ほど救助したので、この受け入れをお願いしたくこうして足を運んだという次第です」
「う、うむ。少々時間をくれ」
流石に異国の言葉でこれだけまくしたてられたら、いきなり理解しろというのは無理だよな。しかもめちゃくちゃ端折ってるし。
将校たちはしばらく連合国の言葉で話をしていたが、やがてまとまったのか、老将が話し始める。
「レギウムでもアルブル方面から死者の軍勢が押し寄せ、国境警備軍が為す術もなく敗北した。防衛のために第三軍を動かしたが、こちらもほぼ全滅だ。今は我々第一軍がニニアエ奪還の準備をしているところになる。リディアーヌ嬢の話が正しければ、ニニアエに死者の軍勢はすでになく、それどころが一万人もの生存者がいるということで間違いないか?」
「おおよそは。そこまでご理解いただいたのであれば、薪を足してもよろしいでしょうか?」
薪を足すというのは、確か帝国の慣用句だよな。
なんて意味だっけ?
「まだあるのか」
「すでに私たちが肌の色を変えていたことはご理解いただけたと思いますが、それを成しているのが旦那様の魔法という力によるものです。様々な摩訶不思議を現実に変える力。一万人の生存者は死者の軍勢に傷つけられ、彼らの一部となっていた人々です。それを旦那様が魔法によって救い出しました。アヴィータ女史もその一人です。すでにある程度の期間を共に過ごしましたが、彼女が亡者へと再び変わる兆候はありませんでした」
再びざわめく連合国将校たち。
まあ、それはそうか。
亡者に襲われ傷つけられた者はもう助からない。それどころか亡者となって敵に変わる。
それが大前提だったはずだ。
喜ばしくはあるが、疑わしい。
そんなところだろう。
「また一万人はニニアエにいるわけではありません。旦那様の力によって運ばれており、いつでも呼び出せる状態です。ただ彼らは状況を理解はしておらず、今は眠っています。起きる際にパニックを起こす者は少なくないでしょう」
「ううむ」
威厳のあった老将が困り果てている。
「そのような状況ですから、まずは十人とかその程度の人数を目覚めさせ、完全監視の中でしばらく様子を見ていただくのが一番ではないかと考えます。彼らが亡者に成らないと分かれば、規模を拡大させていけばよいのです」
「分かった。その提案を検討させてもらいたい。少し時間をもらう」
将校たちは再び顔を突き合わせ話し合う。
アヴィータさんが呼ばれ、色々と質問されている。
これは時間がかかりそうだ。




