暁の星 18
思っていたよりは早くソルヴの連合国軍に動きがあった。
4人の小隊が散兵壕を離れ、こちらに歩み寄ってきたのだ。
そして20メートルほどの距離を置いて止まり、アヴィータさんと連合国の言葉でやりとりが行われる。
「身体検査を行いたいようです。体に傷がないか確かめる、と。そのため男性2名と女性2名の小隊が選ばれたようですね。構いませんか?」
「言葉が通じないことだけ伝えておいて欲しい。俺たちは、そうだな。帝国で生まれ育った、ということにでもしてくれたら助かる」
「混成児ということですか?」
「そこはなんでも。ひとまず話を聞いてもらって、然るべき人にすべてを明かすまでの話だし」
「分かりました」
アヴィータさんと彼らとのやりとりがあって、彼らは警戒しながらもこちらにやってくる。背嚢からなにやら取り出したかと思うと、小型の天幕をあっという間に組み上げた。
「女性は一人ずつ中で、アンリさんは申し訳ないですが、天幕の陰でお願いします」
人権意識高いくせに、そういうのは良くないと思うよ、俺は!
外で肌を晒すことについて、女性のほうが抵抗があるというのは分かるので、文句は言わないけどさ。
知らない言葉で色々言われているが意味はまったく分からない。
一応、翻訳魔法というか、思考共有みたいな魔法は使えると思うのだが、これは使うと相手にも伝わると思うので使えない。変な力を持っているということ自体を知られたくないからだ。
さくっと全裸になって検分されるに任せる。
人前で服を脱ぐのに抵抗が無くなった、とは言わずとも、減ったのは性経験のおかげだろう。それがいいことかどうかは分からないけど。
もちろん俺たちには傷一つない。あっても治してるけど。
全員の検分が終わって、アヴィータさんと兵士たちが何かを話している。
「アンリさん、あ、え、と、いえ、なんでも」
アヴィータさんが困り果てている。
「旦那様、彼女の身分を証明するようなものはありませんか?」
「ああ、そういうことか」
軍服は駄目だ。
切り裂かれていて、怪我をしたのが分かってしまう。
ではその一部なら?
俺は兵士たちがアヴィータさんと話している隙に、こっそりと彼女の軍服を収納魔法から取り出して、その勲章をもぎり取る。
「アヴィータさん。これではどうですか?」
勲章を彼女に渡す。
アヴィータさんは顔を輝かせて、勲章を手に兵士たちに説明を繰り返す。
兵士たちの一人が本陣へと駆け足で戻っていった。
「状況はどうなんですか?」
「この兵士たちは私のことを知らないようです。本陣にはいるかもしれないとのことで報告にひとり戻りましたね」
「望みとしては?」
「将校クラブには顔を出すようにしていましたから、出入りしていた士官がいれば、という感じですね。次は誰かしら私の知っている顔が来るのではないかと思います」
「そうであって欲しいな。文字通り全部さらけ出したわけだし」
「……」
アヴィータさんが眉をひそめてこちらを見た。
まあ、山ほど隠していることがあるからね。
しかしこの兵士たちが帝国語を理解できる可能性がある以上、余計なことは言えない。
その結果として出力されたのがこの半目というわけだ。
しばらくして陣地の方から一個小隊がやってくる。
その中の一人が気安い感じで片手を挙げた。
「良かった。知り合いです。彼と話をしてきます」
アヴィータさんがそう言って前に出た。
リディアーヌが隣に来てぼやくように言う。
「こう、旦那様の力で向こうの言葉が分かるようになったりはしないのですか?」
「お互いに考えてることが筒抜けになるのならな……。それも表層的な話に限るし、相手が心を開いてくれていないと駄目だ」
「容易ではないですわね」
「そうなる。誰かこちら側の人間がレギウムの言葉を覚えてくれたら助かるんだが」
「いくつか単語は拾いましたが、会話ができるほどではないですわね」
それでも十分凄いんだけど。
レギウムの言葉は王国と帝国のように同じ言葉が源流にあるわけではない。
まったく不可解な音の羅列に聞こえるのに、そこからもう意味をくみ取ったというのか。
「旦那様の魔法で発音と意味が同時に理解できれば、より学習も進むでしょう」
「ぶっちゃけた話、君がレギウム語を覚えてくれるのが一番手っ取り早い」
政治的案件はリディアーヌの判断が必要だから、その本人がレギウムの言葉が分かるのが一番いいに決まっている。
「努力はいたしますわ。でもそんな魔法があるのであればもっと早く教えてくださってもよかったのでは? アヴィータさんと使うだけでも随分と違っていたでしょうに」
「アヴィータさんがこっちの言葉を喋れたからな。どんな魔法が使えるのかってあらかじめ分かってるわけじゃないんだ。必要に駆られたときに分かるという感じで」
「それも不便な話ですわね」
「感覚的なものだからな。これができる、という風にリスト化できるものでもないんだ」
「では私の方から旦那様にこれができますか? と訊ねることはできますか?」
「それに答えることはできる。なにか必要な魔法が?」
「聞いてみたいことは山のようにあります。いい時間つぶしになりますわよ」
実際アヴィータさんが戻ってくるまでリディアーヌの質問は止まらなかった。




