暁の星 17
ソルヴはニニアエから高低差こそあれ、距離はさほど離れていなかった。
ただし山道は曲がりくねり、総移動距離はなかなかのものだ。
それでも馬車で半日ほどでソルヴの町並みが見えてきた。
建物自体はフラウやアルブルと大差無いように思えたが、キラキラと反射するのは、あれはガラスか。
そりゃそうか。
望遠鏡があるということはレンズが、つまりガラスが存在している。
「軍がいますね」
「土嚢かしら? なにかを詰んで小さな陣地をいくつも作っているように見えるけれど。散兵戦術? まあ、確かに密集陣形を組んだからと言ってどうにかなるようなものでもないけれど」
「私もあんな陣地構築は見たことがありませんね」
アヴィータさんがそういうってことは対亡者で新たに考案された陣形ということになるんだろう。
「問題はニニアエから降りていって受け入れてもらえるかどうかよね。私たちは肌の色も違うし」
「見た目については魔法で偽装できる。問題はそれをすることで、レギウム側の信頼を損ねるんじゃないかということだ」
「偽装できるのなら、まずはそうするべきです。亡者の発生源が帝国であることは知られているでしょうから、将はともかく兵が混乱する恐れがあります。将には人目のないところで真実を伝えるべきでしょう」
とりあえずはリディアーヌの言う通りにすることになり、俺はアヴィータさんを除く全員に変貌の魔法をかけた。
肌は黒くしたが、人種的な顔立ちや骨格は変えていない。
その方が話が早そうだからだ。
「あーちゃ! あーちゃ!」
馬車で山から下りてきた俺たちに叫び声がかけられる。
銃口がいくつもこちらを向いている。
ああ、アヴィータさんには軍服に戻っていてもらったほうが良かったか?
でもあれボロボロだったし、リディアーヌはなにも言わなかった。
これが正解なんだろう。
「ししにわしりか! はつじゃどひゅりか!」
アヴィータさんが応じて叫ぶ。
しばらくやりとりが続く。
「思っていたよりずっと頑なですね」
アヴィータさんが小さく報告してくれる。
「ニニアエからの避難民や、それを護衛してきた兵から話を聞いているのでしょう。亡者のもっとも恐ろしい点は被害者が時間をおいて加害者に変わるところですから」
ゾンビものにありがちな、生存者だと思ったら噛まれてたというやつだ。
生存者コミュニティが一気に崩壊するパターン。
連合国軍はそれを恐れている。
「長期戦かな。俺たちが感染していないと分かれば軟化すると思うが」
「魔法は警戒されるわ。使わないでよ」
「分かってる」
彼らは恐れている。恐れているから銃口をこちらに向けているのだ。
そんな彼らに火種を放り込むわけにはいかない。
まずは信用を得なければ。
とは言っても、こちらに亡者の軍勢をけしかけた黄泉返りの魔王本人がいるんだわ。
つまり俺たちは彼らを[騙す]必要がある。
「ここからは会話にも気を付けましょう。連合軍士官は帝国の言語を学んでいるということですし、こちらの会話が分からないふりをして、実は理解しているということが起こるかもしれません」
「あんまり気分のいい話ではないな」
お互いに信用し合って、手持ちの札を全部開示すればあっさり解決できるかもしれないのに。
「旦那様は強者の側ですから、私たちのすることが遠回りに見えるかもしれませんが、力の無い者たちはあれこれ策を弄さなければ、力ある者の気分ひとつであっさりすべてを奪われてしまいかねません。そしてその[すべて]とは自分だけでなく、家族や仲間、国民すべてなのです」
リディアーヌが声量を落として言う。
「平和な共存というのは、自らの生存が保障されていることが前提です。相手が武器を隠し持っているかもしれないのに、武装を放棄するような愚かなことをする者はいません」
なんかそういう主張は前世で聞いたような気がするなあ。
武器を持っていなければ攻めてこないとかなんとか。
「なので彼らの警戒をあまり悪いことだと思わないでくださいね」
「そう言っていただけると助かります」
リディアーヌの言葉にアヴィータさんが礼を言う。
「とはいえ、俺たちの武装はせいぜいシルヴィとネージュの剣くらいだろ。銃を持つ連合軍からすると脅威というほどでもないのでは? たとえ亡者だったとしても、集中砲火でなんとかできると思いそうなもんだけど」
「動く死体の脅威を見た直後ですし、連合国には勇者さまもいます。超常の力が縁遠いというわけではありません。銃の利点は武力の均一化であって、強化ではありません。突出した個の武がすべてを薙ぎ払うということは理解しています」
なるほど。
魔力による肉体の強化が行われるこの世界では、アーキバスではまだ個人武力を超えるというほどではないのか。
マシンガンとかが出てくると話は変わってくるだろうけど、それまではまだ剣だって脅威のひとつだ。
「じゃあ天気も悪くないし、のんびり構えるか」
俺は馬車の幌を剥ぎ取って、地面に敷いた。
「どうぞ、お嬢様方。お寛ぎください」




