暁の星 12
父さんがデラシネに建築した最初の家は、フィラールとアレアスくんの職場兼住居となった。マルーの部屋もちゃんとある。
巨木に建材を打ち込み、柱と吊り下げ式で補強した高床式のツリーハウスだ。
父さんの感覚的には柱だけでも強度は足りるらしいのだが、安全を取って枝から紐で柱などを補強している。
「よろしいのですか? アレクサンドラ陛下の住居をこちらにして、空いた小屋に我々が住むべきなのでは?」
「いや、これから俺たちはしばらくデラシネにいないからさ。いっそフィラールたちに住んでもらって強度や住み心地の確認をしておきたい」
「なるほど。実験台というわけですか」
言葉は悪いけど、実際にそうだよね。
「死なないようにだけ気を付けてくれ。頻繁に戻ってくる予定だから、怪我くらいなら治せる」
「事故が起きる前提なんですね」
アレアスくんが天を仰いだ。
「食料の搬入もアレクサンドラを連れて戻った際にやるから心配はいらない。住居の住み心地が確認できるまで父さんは狩猟罠を皆に教えるらしいから、そのうち新鮮な肉も食えるようになるはずだ」
「家具は、領地で使っていたものですか」
「こっそり回収してきた。こういうのは使い慣れたものがいいだろうしな」
「ご配慮に感謝します。仕事もたっぷりご用意いただいたようで」
「それはリディアーヌに言ってくれ。住人の把握もちゃんとできていないんだ。まずは住人をリストにして、管理できるようにしてくれ。いずれ住宅が増えたらどう割り振るかの希望も確認しておかなければならないしな」
「住居が一斉に建つわけではない以上、優先順位もつけなければなりませんね」
「不満の出ないように頼む」
「不満だらけにはならないようにしますよ。幸い優秀な助手がいますからね」
「私ですか!?」
まあ、実際に住民と接して意見を引っ張ってきたり、伝えたりするのはフィラールよりアレアスくんのほうが向いている。
「そんなに気負うことはない。目指すのは皆仲良く、だ。得意だろ、そういうの」
「新入りがまとめ役になってうまく行くわけがないんですよねぇ」
そりゃそうだね。
でもやってもらわなければ困る。
「君たちはアレクサンドラの名代だ。そのことをちゃんと周知していれば大丈夫さ」
「そのアレクサンドラ女帝陛下は何処に? ご挨拶しておきたいのですが」
「リディアーヌから猛烈指導中」
ちなみにスパルタに該当するような故事がこっちにはないので、スパルタ指導のような言葉はない。
「フィラールたちに渡す資料の最終的なまとめをやってもらっているんだ。ここを離れる前に、女帝として現状を把握しておくべきだ、とね」
「どっちの立場が上か分かりませんね」
「正直なところリディアーヌに頼り切りになるのも怖いんだよな。彼女は、なんと言えばいいのか、視野が人間離れしてる。もしも彼女の統治を行えば、とても正しい統治が行われるだろうが、民の心に寄り添っていると言えるかどうか。あるいは民の心すらも操作してしまいそうだ」
「お二人とも基本の方針はよく似ていると思いますが……?」
アレアスくんが首を傾げる。
「どう似ているか言語化してもらえるか?」
アレアスくんに水を向ける。
言いたいことは分かるのだが、伝わりやすいとは言えないからな。
アレアスくんにはデラシネで民との繋ぎをしてもらう予定だから、言語化能力が高いに越したことはない。
「リディアーヌ様は平民にも教育を普及させることをずっと進言されていらっしゃいます。貴族が能力が高く、平民は低いとされるのは教育の格差だと。平民を教育して人材の底上げを狙っていらっしゃる。また平民にも成り上がれる機会があると示すことで意欲を上げようとしていらっしゃいます。アンリ様も領地に学び舎を作られました。まだその効果が出たとは言えませんが、領地に通貨を投入され、民が自ら意欲的に働くようにすることで経済発展が急激に進行しました。教育が浸透すればこの経済発展はさらに加速すると思われます。つまりお二人が決定的に似ているのは、民に意欲を持たせようとする部分だと思います」
「先に結論を言ったほうがいい。それから根拠を示した方が、分かりやすい」
フィラールのダメ出しが入ったが、内容的には問題がない。
リディアーヌの目指す地点は俺からは見えないが、少なくとも教育を重要視しているのは確かだ。
例えば人類史を百年早める程の天才が生まれたとしても、その人に適切な教育が与えられなければ、それは宝の持ち腐れになるだろう。
そしてこの国はすでに東側から数百年遅れているのだ。
なんとかレギウム連合国と交流を作って侵略される前に文明を進歩させなければならない。
そのためにはもう貴族だの平民だのは言っていられない。
「そう言えばリディアーヌは民が主権を持つ政治体制に興味があるようだったな」
「民が主権を? どういうことですか?」
流石にフィラールも意味が分からないようだ。
俺の言い方も悪かったかもしれない。
「つまり民が統治者を指名する政治体制だ。具体的には立候補を募り、民には票を投じてもらう形になるとは思う」
「それは、実際的には貴族の跡目争いになりそうな気がしますが……」
「短期的にはな。だが平民にも教育が普及して、政治の知識を身に付けてくれば、より統治者として能力を持つ者が平民の中から現れる可能性もある」
「しかし貴族と平民で票の価値はどうするんですか?」
「最初は平等、というわけにはいかないだろうが、教育の普及に合わせて同等になるように引き下げていく。――とリディアーヌは考えていると思う」
おっと、つい自分の感覚が顔を覗かせちゃった。
「しかしリディアーヌ様はもうフラウ王国から帝国に亡命され、その帝国はわずか百人ほどの民しか残っていません。現状、政治体制を論じるような段階ではないと思いますが……」
「そうなんだよなあ。後継者争いから足抜けするって言ってたし、王座に興味はないと思うんだけど……」
「とにかく我々の仕事はまずデラシネの安定というわけですね。おそらく衣食住、すべて偏りが発生しているに違いありません。早急にこの偏りを正して、なるべく公平に物資が行き渡るようにします」
「まだ書類も見ていないのに断言できるのか?」
「人が集まって、監視の目がない状態だと、必ず差別やイジメが発生します。これは避けられない人間の習性ですから、ここでも起こっているのは間違いありません」
うーん、納得できてしまうのが悲しい。




