暁の星 10
頭を叩かれたリディアーヌはネージュに向き直った。
「ネージュ様、もう一回お願いします」
「アンリ、こいつを止めて」
この人の性癖を止めるのは俺には無理だよ。
そんな俺たちのやりとりをアヴィータさんは目をまん丸くして見ている。
「魔法使い様はずいぶんと皆様と気安いのですね」
「というより私たちはアレクサンドラ女帝陛下を除いて、アンリの妻なのよ。身内の気安さもあるとは思うわ」
シルヴィが補足してくれる。
「一夫多妻ですか? 帝国ではそういうこともあると聞いていますが、実際に目の当たりにするのは初めてです」
「連合国に一夫多妻制度はない?」
「そうですね。複数の配偶者を持つ行いは法で禁じられています。その、奥様方はそれでよいのですか? 女性が軽んじられているという感じはしませんか?」
おっとレギウム連合国は随分と人権意識が高い国のようだ。
アルブル帝国は知らないが、フラフ王国では女性の人権がきちんとしているとは言えない。
それ以前に平民への人権意識自体がかなり薄いんだけどね。
「……? アンリは特別だから、複数の女性を娶るのは当然」
「アンリを持ち上げる気もないけど、別に自分が軽んじられているとは思わないわね」
「……もしかしてレギウム連合国では男性と女性は同じ権利を持つべきであるとされているのですか?」
リディアーヌが得心がいったというように、アヴィータさんに訊ねる。
「されている、というか、当然ではないですか? 旧態依然とした国家ではなぜ男性が優遇されて、女性が冷遇されるのでしょうか? 私には理解できかねます」
アヴィータさんが憤然とした様子で言うのを、リディアーヌはニコニコと聞いている。
「なるほど。なるほどなるほど。レギウム連合という国は随分と『先進的』であるようですね」
「そうであるように努力しています。同じ人として生を受けた者たちに格差が生まれないように」
「ではお訊ねしますが」
あ、これリディアーヌさんのパターン入った感じある。
「あなたは大隊長だと仰られた。戦場において兵士に対して命令を発する側です。場合によっては死ねと命じることもあるでしょう。この格差についてはどうお考えですか?」
「それは私自身の弛まぬ努力によって得られた評価で、立場です。そして私は士官学校で男性に負けぬ優秀な成績を収め、兵を率いる能力があります。その命の重さに格差がなくとも、より良い結果のために配置が決まるのは当然です」
「つまり兵を率いる教育を受けていない者を指揮官にしても、全体が不幸になるだけだ、ということですね」
「そういうことです」
「では重ねてお訊ねしますが、国家の繁栄という命題の前において、女性が軍務に就く、あるいはそのための教育を受けられるということは、どのような利点がありますか?」
流石に予想外だったのか、アヴィータさんは一瞬言葉に詰まる。
「……戦うことは男性の権利である、という考えが発展途上国にあることは理解しています。しかし女性にも戦う権利があるはずです。純粋に軍事的に考えても、女性が軍務に携わることで、兵員を確保しやすくなる利点があります。男性に限っていたときに発掘できなかった才能が発見されることもあるでしょう。視野と裾野を広げることは、国家の繁栄に大きく寄与すると考えます」
「なるほど。短期的に考えたらそうでしょう」
「短期的?」
「どうやらレギウム連合国では女性が男性と同じ職務に就くことが許されているのだろうと思いますが、どうですか?」
「許されるもなにも――」
「分かりました。ところで貴国は出生率の低下に悩んでいらっしゃるのではないですか? 婚姻率が下がり、それ以上に出生数が減っている」
「……なぜ、そう思われるのですか?」
「男女で就業に格差がなくなれば、当然に出生率は下がるからです。女性が自立すると、男性の支援を必要とせずに生きられる。つまり婚姻の必要性が薄れる。子を成して、夫との絆を強固にする必要も薄い。もしかして子どもは男女の愛情によって生まれてくるとでも教育されていませんか? それはひとつの真理ですが、それだけでは『夫をつなぎ止めるのに必要だから生まれてくる子ども』が生まれてこなくなりますよね」
「そのような理由で生まれてくる子が可哀相ではないですか!」
「その思想は理解できますが、結果は貴国の人口バランスに明確に現れているのではないですか? 私の予測では女性の権利がより認められるようになるほど、それ以降に生まれる子どもの数が減っているのではないでしょうか」
なんか生まれ変わる前の日本の現状を思い出す話だなあ。
リディアーヌの言うことは、口にしたが最後、大炎上間違いなしだが、数字はそれを裏付けている。
女性の自立と活躍は人口を減らすのだ。
「そもそも子どもを産むという機能を有した女性に、外での労働を課すこと自体が間違いなのです。女性のリソースはできるだけ出産育児に割り当てられなければ、いずれ人口は減り、国力が衰退します。女性を働き手にして得られる経済的な成長は、未来を先食いする衰退への第一歩です」
「女性を産むだけの、人口の生産装置だとでも言うのですか!?」
「だけの?」
リディアーヌの声音が変わった。
「子を産み、育てることほどこと重要なことはありません。その能力を有しながら、行使しない、というのは国家へ損害を与える行為です。あなたには能力があるから大隊長であるというのなら、男性にはない圧倒的に社会に貢献できる能力があるのだから子を産みなさい。というのが私の思想です」
「リディアーヌ、楽しそうなところ申し訳ないんだけどさ。衣類を出したから、アヴィータさんを着替えさせてやってくれないか。俺はまた外に出てるから」
これ以上はアヴィータさんの心が壊れちゃう。




