暁の星 9
「では本題です。あなたには私たちが保護したレギウム人生存者をレギウム連合にお返すするための窓口になっていただきたいのです」
とリディアーヌが切り出した。
「なるほど。私以外にも助かった者がいるのですね。先ずはその人たちに会わせていただきたいです。私の部下たちもいるかもしれません」
「それは難しい問題です。彼らはその安全を確保するため、非常に特殊な環境下におかれています。顔を合わせることはできないと思ってください」
「人数くらいは把握されているのでしょうか?」
「それも正確ではありません。一万人前後だと聞いていますが、なにせこちらには人員がほとんどいませんので」
「そうでした。帝国は滅んでいるのでしたね。ではどうやって一万人もの救出を? その亡者を操るという女帝の力でしょうか?」
「いえ、私の力は死んだ人間を亡者に変えるだけ。救出はとある魔法使いの手によって為されました」
「あっ、失礼しました。この場に帝国の新しい女帝がいらっしゃるとは思わず、失言いたしました」
「構いません。今の帝国は空洞のようなもの。私に力はあれど、権威はありませんから。ましてや簒奪者である私に敬意を払う必要はありません」
「アヴィータさん、新しい帝国女帝陛下とはこのような方なのです。皇帝としてはまだ勉強中で、成長途中だということにしてあげてください」
「いえ、つまり、はい。理解しました。それで、魔法使い、というのは?」
「言葉通り魔法を使う人のことです。魔法で敵を吹き飛ばし、味方の傷を癒やし、そして今はレギウム連合の人々を保護しています」
「なるほど。勇者様のようなものですか」
「勇者様?」
リディアーヌが困惑したように言った。
俺もびっくりした。
勇者って表現したけれど、それはこちらにはない言葉だ。
それは造語で表現された。
英語で例えると、勇敢な男とするべきところを、勇者《braver》と正しくない表現をしたような感じだ。
間違っても英雄《Hero》という言い回しではなかった。
アヴィータさんはこちらの言語話者ではないので、そのせいかもしれないけれど、なにか違和感があった。
「こちらにはいらっしゃらないのですか? いえ、いらっしゃれば帝国が滅ぶようなことにはなりませんよね。なるほど」
「勇者様とは、なんですか?」
と言ったのはリディアーヌ。
当然の疑問だよね。
「人類の危機に駆けつけ、超常の力でそれを解決するのが勇者様です。こちらには魔法使いがいらっしゃるということなので、役割が同じようなものなのかもしれませんね」
「魔法を使われるわけではないのですね?」
「実際の活躍については伝聞でしか知らないのですが、まるで魔法のような力をお持ちではあるようです」
「その勇者様というのはいつ頃から活動を始められたのか分かりますか?」
「いつ頃から、というか、連合国の有史以来、勇者様はずっといらっしゃるので。代替わりをするとは聞いていますが」
なんか話がややこしくなってきたな。
勇者という魔法使いのような力を持つ者がレギウム連合国には存在する。
そしてそれはかなり昔からずっと存在している。
つまりボーエンシィ機関とは関係がない?
「人類の味方だというのなら協力しあえるといいのですが……」
リディアーヌにしては歯切れ悪く言う。
「勇者様の活動は独自のものでレギウム連合という国家から独立しています。国内の僻地にいらっしゃって、普段は人との関わりを絶っておられます。勇者様は人類の危機が発生すると、それを解決される。ただそれだけ。そういう存在です」
「つまりレギウム連合の元首……、そのレギウム連合の政治体制を存じ上げないのですが、国家からの命令というのも受け付けない、ということですか?」
「勇者様を利用しようとする愚かな試みはかつて幾度もありました。しかしながらそれが成功したという話もありません」
「こちらの魔法使いと似ていますね」
そうかな?
俺が自分の思いのままに動いているだけで、世界の危機がどうとかは、考えはするけど最優先というわけではない。
アヴィータさんの話を聞く感じだと、その勇者という存在は世界の危機に対して自動反撃する世界の防衛機構みたいに聞こえるんだよな。
「その魔法使いとはお会いできますか? それともこの中にいらっしゃる?」
不意打ち気味に帝国女帝がこの場に紛れ込んでいたのが尾を引いているようだ。
まあ、俺も部屋の外で盗み聞きしているので、似たようなもんだよね。
「部屋の外にいらっしゃいます。男性なので、あなたの状態から目覚めたときに傍にいないほうがいいからと」
「そう、ですね。その、着替えはありますでしょうか?」
「魔法使いに用意していただくとしましょう。旦那様、聞いていらっしゃるんでしょう? どうぞお入りください」
俺は一応部屋の扉をノックして、扉を開ける。
「あー、ここの壁は思っていたよりも薄いな。それとも扉かな? 初めまして。アヴィータさん、魔法使いのアンリと言います」
ベッドの上で上半身を起こし、ボロボロの衣服の上から布を体に巻き付けた黒い肌の女性がこちらを見ている。
「初めまして。魔法使い様。まずはこの身と多くの同胞を救ってくださったことに感謝を申し上げます」
「そうとも限らない。あなたたちに降りかかった災難の原因は――、いだっ」
リディアーヌが肘打ちを入れてくる。
そしてすかさずネージュがリディアーヌの頭を手のひらで叩いた。
「きゃん」
「アンリに暴力を振るうな」
そう言うけど、君の料理に何度か殺されかけてるのよ、俺は。




