暁の星 8
亡者から復活させたときに見ているので、俺はもう知っているが、レギュム連合国人というのは、アレクサンドラの言うとおり黒い肌であるだけの、ただの人間であるようだ。
惨劇の痕跡も生々しい寝室のベッドに出現した黒い肌の女性に、俺とアレクサンドラを除く一同は息を飲む、……わけでもないな。
リディアーヌは元々、こう、なんというか、人間をフラットに見ているところがあるし、最近のシルヴィは超然としたところがある。ネージュはそもそも魔族が悪みたいな価値観をあんまり知らないと思う。
回復魔法によって女性の体には傷一つないが、服装は痛々しく破かれている。
俺は収納魔法から布を出して彼女の体にかけた。
「アンリ様は席を外しておられたほうがいいかもしれません」
「そうかもな」
ただこっちの世界の白人が、黒人を相手にどう反応するのかちょっと予想がつかなくて怖さを感じているところはある。
まあ、実物を見た反応を見る限り大丈夫だろう。
「扉のすぐ外にいるよ。なにかあったら飛び込むからそのつもりで」
「こんな狭いところでアンリに何ができるのよ」
シルヴィが呆れたように言う。
まあね、シルヴィがいるから万に一つもないとは思うけれど。
「咄嗟に回復魔法を使わなければいけない状況もあるかもしれないだろ」
「それは、まあ、一理あるわね」
「それじゃ外に出ているよ。彼女が落ち着いているようだったら呼んでくれ」
「了解」
そういうわけで俺は部屋の外に出た。
「旦那様の魔法で眠らされているのでしょう? 起こせますか?」
「アンリの話だと睡眠魔法というよりは入眠魔法らしいですから、揺すればすぐに起きるかと。……リディアーヌ様、率先して行動しないでください。そういうのは私の役割ですから」
うーん、扉が薄くて全部聞こえてるんだよなあ。
都合がいいから俺は息を潜めるだけだが。
「ああうぇいかに」
……?
知らない声がよく分からないことを言う。
「かわらんにまんやお」
これ、言語が全然違うヤツだ!
それでもアレクサンドラなら、あるいはシルヴィさんならなんとかしてくれる。
「困りましたわね。レギュム連合国の言語は学ぶ機会もありませんでしたし」
「私の記憶にもありませんね。国交のなかった国ですし、当然と言えば当然ですが」
ええー、どうすんの、これ。
「あー、ええと、こんにちは。生存者がいらっしゃったのですね。なによりです」
流暢とは言い難い口調だったが、知らない声はこちらの言語で話しかけてきた。
これには俺を含む一同が一瞬息を呑んだ。
こちらは知らないのに、相手はこちらの言語をすでに学んでいる。
「私たちの言葉が分かるのですか?」
「以前より我が国の士官は降伏した帝国の兵士から学んでいます。言葉遣いに問題はありませんか?」
「ないわ。少し訛りを感じるけど、ほぼ帝国の発音で間違いないわよ」
王国人の俺たちからすると帝国訛りを感じる、という程だ。
「ところで生存者って?」
「たくさんの動く死体に襲われた我々は帝国に異常ありと判断し、帝国から生存者の救出を目的として進軍しました。どうやら逆に助けられてしまったようですが……」
俺たちは彼女の言うことをまったく理解できない。
言葉は分かるのに、意味が受け取れない。
レギュム連合が亡者に攻め込まれたから帝国が危ないと踏んで、彼女らは帝国の生存者の救出のために進軍してきた、と聞こえる。
「あ、失礼しました。レギウム連合第三軍支援大隊長のアヴィータと申します。私を救ってくださった皆様のお名前をお伺いしても?」
「ちょっと待って、ええと、あなたたちにとって帝国は敵国よね?」
「敵国というよりは、どう扱っていいか分からない隣人という感じでしょうか。お気を悪くされたら申し訳ないのですが、言葉に不慣れなせいだと許してください。我が大隊はどうなりましたか? 第三軍は? 最後に覚えているのは悪夢のような情景で、あれが夢か現か、判断ができません」
「では私から状況の説明を」
リディアーヌが口火を切った。
つまり馬鹿正直にすべてを話しはしない、ということだ。
「帝国で政変が起きました。放逐された王女による帝位簒奪です。彼女は死者を操る能力があり、その力で帝国を滅ぼしました」
って言うんかい!
「しかし力に目覚めたばかりの彼女は力を制御しきれませんでした。近隣諸国に被害を出してしまったのはそういうことです。現在は死者の軍勢を引き上げ、国境を守るに留めています。あなたの大隊は状況からするとほぼ全滅だと考えられます」
ああ、そういう風に持って行くのね。
「そう、ですか……。では現在は状況が落ち着いているのですね? 帝国の民間人は無事でしょうか? 私は終ぞ誰かが助かったという話を聞いていないのです」
「全滅です。軍隊用語のそれではなく、これは一般的な誤謬を含んだ意味合いの全滅。つまりすべて滅びました。現在、帝国という国家を為しているのは黄泉返りの魔王と亡者の軍勢だけです。軍人、民間人を問わず、帝国という国家から命の灯火はほぼ消え失せました」
リディアーヌさん、わざと小難しい言い回しをして相手が理解できるか試してるでしょ。良くないよ、そういう圧迫面接みたいなの。
「そう……でしたか。亡くなられたすべての帝国民に哀悼を捧げさせてください」
壁一枚を隔てているが、彼女は祈りを捧げているようだった。
しばし沈黙があって、リディアーヌがそれを破った。
「ええと、あなた方は、つまりレギウム連合の方々は神を信じておられるのですか?」
「難しい質問です。つまり帝国の方々が信じる神と、レギウム連合で一般的な神は別のように思えるからです。またレギウム連合では宗教の自由があり、信じる神もそれぞれ違います。信仰を持たない者もいますが、一般的には『はい』と答えられます。それで私はどうなりますか? 帝国に向けて派兵された時点で覚悟は決めていましたが、捕虜になるとは考えていませんでした。その、帝国は捕虜を取らないと聞いていたものですから」
アレクサンドラも含め、帝国がかつて魔族とどういう戦いをしていたのかを知る者はもういない。
だけどレギウム連合の人々を魔族と呼んでいた帝国軍が捕虜を取らずにできるだけ殺していたのはありうることだ。
「あなた方はそれを承知で帝国の民を救いに来たのですか? いるかどうかも分からない生存者を探しに亡者の蠢く中に? 帝国とは戦争状態ですよね?」
「レギウム連合とアルブル帝国の間に戦争はありません。なぜなら戦争とは政治的、あるいは経済的な利益を得るための暴力外交だからです。両国間には外交窓口が一切ありませんから、戦争状態にはなりません」
あー、戦争と紛争みたいな?
「そして我が国の軍隊としては、隣国で起きた未曾有の大災害に手をこまねいているわけにはいきません。レギウム連合国において軍隊という暴力機関が存在を許されているのは、自国利益のためだけではなく、その力で自国他国を問わず、必ず民間人を保護するという大前提があるからです。敵対する軍人とは銃を向け合いますが、民間人には必ず手を差し伸べます。それがレギウム陸軍の誇りであり矜持です」
それって相手がならず者国家だったら民間人に偽装した兵士にいいようにされない?
前皇帝とか主導してやってそう……。
「志は立派ですが、結果として自国民を守れないようでは軍隊として手落ちですわね」
「その批判に反論はできません。ただレギウム人であれば、我々の行動を誇りはしても、貶すことはないでしょう。」
俺は声を聞いているだけだが、嘘を吐いているようには聞こえない。
彼女は彼女が信じていることを語っている。
「分かりました。その調子でレギウム連合が矛を収めてくだされば良いのですが。今の帝国にレギウム連合に攻め入るつもりはないとは言え、民間人を含む多くのレギウム人が犠牲になりましたから」
「政治的判断と国民感情の問題ですから一概にどうなると断定はできませんが、私はレギウムの人々の知性と善性を信じています」
こんな人たちを魔族と呼んで蔑んでたの?
俺たちの罪は重い。




