暁の星 6
うーん、掃除代だけではなく迷惑料も取られましたね、これは。
ヒラシアメニク商業都市連合の貨幣価値とか相場とかは知らないが、かなり目減りしたっぽい額を受け取って、俺は次の町を目指した。
似たようなことを繰り返して南へ向かう。
段々俺が慣れてきたのか、冒険者ギルドでのやりとりもスムーズになってきたが、太陽が傾きだしたので一旦ここらでデラシネに戻るか。
フィラールたちには悪いが、もうしばらく収納魔法で眠っていてもらおう。
というのもデラシネには彼らが住む建物がないからだ。
転移魔法でデラシネに戻った俺はリディアーヌとアレクサンドラに状況を報告する。
「分かりました。やはり建築関係をどうにかしなければなりませんね」
「それについては父さんの力を借りられると思う」
「お父様が? 大工でいらっしゃった?」
「いや、そうではないんだけど、アドニスみたいな小さな村だと、家の修繕や、増築も自分でするんだよ。だから一通りのことはできるはずだ」
「素晴らしい。まさに私が求めていた人材です」
アレクサンドラ、俺よりも父さんのほうをありがたがってない?
というわけで、フィラールへ引き継ぎするための準備をするというリディアーヌを残して、俺とアレクサンドラは父さんのところに向かった。
「そらまあ、ここの建物よりはマシなものを建てられるとは思うが」
父さんに事情を話してみたが、どうにも歯切れが悪い。
「俺が建てると王国風になる。ここの人って帝国文化圏の人たちだろ。受け入れてもらえるんかな」
「それ自体には文句を言わせませんが、ひとつ注文が」
アレクサンドラが請け負うと同時に注文をつける。
「なんでしょうか?」
父さんはちょっとたどたどしい敬語でアレクサンドラに返事をする。
「高所から見下ろしたときに、ここに集落があると分からないようにしていただきたいのです。山などの高所から見られることを想定していましたが、今は魔法使いも敵に回っている関係で上空から偵察される恐れもあります」
「……なるほど。それで巨木に寄り添うように建てられているわけですか。あとこの辺は雪が積もりますよね?」
「ええ、人の身長ほどには」
「そうなるとかなり頑丈に作らなければいけませんね。鍛冶師はいるのでしょうか? 釘があるかないかで全然違ってきますから」
「いえ、そのような技術を持つ方は共和国で職を得ていますので」
ここにいるのはフリュイ共和国で職を見つけられなかった者たちだ。
それゆえに共和国から切り捨てられたという側面も確かにある。
「それで自給自足で、となると、あー、つまり道具もあまりない?」
「道具自体は手に入ります。ですが、炉が運べないかもしれませんね」
アンデッドが転送できるものの大きさには限度がある。
単独で手に持てるものでなければならない。
だから炉のような大きな設置物は運べないのだ。
「アンリに頼らなければならないか」
「いや、そこは最初から頼ってよ」
俺が思わずそう言うと、父さんは俺の肩を軽く叩いた。
「アンリがいることを前提に生活基盤を作り上げたくないんだ。だがそんなことも言っていられないようだな。まずアンリに頼って生活基盤を作って、それから自給自足できるようにするしかないか」
「簡易的な炉なら収納魔法に入れてあるよ。迷宮内で武具を打つ機会もあったから、鍛冶の真似事くらいなら俺にもできる」
「そこは俺がやるから炉の設置を頼む。アレクサンドラ様、鍛冶師の道具一式を手に入れてください。それから金属のインゴットの確保をお願いします」
「分かりました。手配します。他に必要なものはありますか?」
「住居が最優先ですか? 空き家を解体して建材を運んでもらえると助かります」
「やや小ぶりにしなければ運び入れるのは難しいですね。木材ならこの辺りにいくらでもありますがそれではダメなんですか?」
「建材は何年も乾燥させるものです。切り出したばかりの生木は建築には向いていません。すでにある建造物から手に入れるのが一番早くて確実ですね。屋根材も同様です。今の屋根だと雨漏りするのではないですか?」
「そうですね。悩みの種です」
「既存の屋根から引っぺがした屋根材と、それから隙間を埋めるためのセメントですね。人の住むところなら、必ず材料の備蓄があるはずです。水を混ぜてセメントにするための大きな桶も」
「しかしあまり大きな建築物は目立つのではないですか?」
「ええ、ですから小規模な建物をいくつも建てます。高床式にするしかないですが、まあ、柱には生きている木を使いましょう。ご年配の方は移動が大変になりますが」
「大変、で済むことなら大変ではありません」
「確かにそうです。壁も板の上に何かを塗りたいですが、後回しですね。冬が来る前になんとかしたいところですが」
さしあたっては住居が足りていない。
今も難民は家族単位ではなく、掘っ立て小屋に詰め込むようにして生活しているのだ。
そこに俺の家族がひとつの小屋を独占するという特権を得ているのだから、住居の問題は可及的速やかに解決しなければならない。
「帝都で空き家を解体しておいてもらえたら、俺が建材を回収してくる。あるいは王国から帝都までの途中の町でもいい。転移魔法でいけるから」
「では建材の回収はアンリ様にお任せします。食料品や衣料品は町の在庫を運び込ませますから、まだ問題はありません。男手はアンリ様のお父様に任せます」
父さんは身分の高い相手からお父様だなんて呼ばれることに戸惑いがあるようだけど、アレクサンドラは頑なに父さんをアンリ様のお父様と呼ぶ。
彼女なりの誠意だと思うので、変えてくれとも言いにくいんだよな。
「しかし目立ってはいけないのであれば、木々の伐採はできませんね」
「今は少し離れた場所で目立たないように伐採を行っていますけども」
「それもやめておいたほうがいいでしょう。木を切り倒すときに大きな衝撃が起きて、鳥たちが一斉に飛び立ちますから、それを見咎められるかもしれません」
「それは、おそらく誰も気にしていませんでしたね」
「念のため、ここも離れるか?」
俺が訊ねると、アレクサンドラは首を横に振った。
「つたない建物しかない小さな村とはいえ、ここに住んでしばらくになります。ここを離れたがらない者が必ず出ます。どんなに隠そうとしても、見つかるときは見つかるものですから、この場所でより気をつけていくことにします」
故郷を失い放浪した者たちがようやく腰を据えることを許されたのがデラシネであるならば、ここを離れたくないと思うのも道理か。
しかしいずれ帝国は縮小し、この地はレギュムに飲み込まれるだろう。
それとも小さな独立村として存続させられるだろうか?
そのためには魔族、レギュム連合国と良い関係を築かなければならない。
アレクサンドラが彼らのしたことを思えば、とても難しい道のりだが、やり遂げなければならないのだ。




