暁の星 5
シュテュアン子爵領での話は早かった。
話はね。
アレアスくんは家族に愛されていたようで、家族の別れにすんごく時間がかかってしまったのだ。
まあ、仕方ないよね。ほぼ今生の別れだもん。
離縁状を受け取り、王都近くの町に転移して王城に届くように手配する。
それから俺は飛翔魔法でヒラシアメニク商業都市連合を目指した。
今後のことを考えて、今のうちに転移ができるようにしておきたいからだ。
この世界では平地に国境線がある場合、明確な線引きがあるわけではない。
柵があるわけでも、線が引かれているわけでもない。
町と町はある程度離れているのが基本で、農地が接するようなこともまずない。
そんなことになれば、領地を巡って争うことになるだろう。
逆に言うと、町と町の間に大きな空白地帯があれば、多分そこが国境なんだろうな、という雰囲気を感じる。
実際に集落や町を見かけるようになると、その建築様式などから国境を越えたのだとはっきりと分かる。
白い漆喰の壁が目立つ町の遙か上空を越えていきながら、そんなことを考える。
ヒラシアメニク商業都市連合の町は、なんというか空から見下ろしたときに、町の色合いが明るいんだよな。
壁は白く、屋根の色もオレンジなどの明るい色彩だ。
ピサンリなどのように町が壁に囲われているということもない。
王国と国境を接する町のはずなのに、軍隊が駐留している感じもない。
のんびりしたものだ。
まあ、商業都市連合と王国は協調路線だから、国境線に軍隊を集めるようなことはしないだろう。
王国側でもそれは同じだった。
可能であればこのまま港町まで転移のために下見しておきたい。
リディアーヌからは商業都市連合の港町でセーフハウスとして屋敷を買っておくように言われてるんだよな。
そうなるとそこそこの金がいるか。
王国の金はそこそこ持っているが、商業都市連合の貨幣は王国とは別だったはずだ。
冒険者ギルドで死蔵している魔物の肉を売ればいいと思うのだが、一カ所の町で屋敷が買えるほどの金があるかというと、まあ、あるだろうけど渋られるだろうな。
そこで俺は目下の町の王国側に戻って、地面に降り立った。
収納魔法から衣服や装備品を取り出して着替える。
一応は冒険者っぽい見た目になったはずだ。
城壁が無いから門番とのやりとりなんかも発生しない。
言葉も王国とほとんど違いないから問題ない。
道行く人に冒険者ギルドがあるかを聞くと、一応はあるとのことだった。
一応、というのはこの辺りは魔物がそれほど出没しないし、ダンジョンもないから、仕事がないのだそうだ。
それじゃ資金はあまりないかなあと思いつつ、冒険者ギルドへ。
事前に聞いていた通り、こぢんまりとしたたたずまいだ。
中に入ると、職員たちも暇そうに雑談に興じている有様だ。
うーん、あんまり買い取ってはもらえないかもな。
「すみません。魔物の買取とかってやってます?」
とりあえずカウンターから声をかけてみる。
一人の女性が面倒くさそうにこっちにやってきた。
「……駆除の依頼なんてなかったと思いますが、どこかで魔物が出没したんですか?」
「えーっと、王国でのことなのでこちらにはあんまり関係ないというか」
「フラウで? 依頼にない買取ですと素材としての状態によります」
「どれくらいの量なら買い取っていただけますか?」
というと女性は首を傾げる。
俺がそんなに荷物を持っていないからだろう。
「あまりそちらの業務を圧迫しない程度にしておこうと思うのですが」
俺が気をつかってそう言うと、女性職員は鼻を鳴らした。
「あなたが持ち込める程度、いくらでも買い取れますよ」
うーん、俺の言い方も悪かったかな。
王国風の衣類を着た、王国人の見た目の、ひょろっとした冒険者が、あたかも『ギルドの業務を機能不全にするほどの獲物を持ってきました』と言っても、なんというかバカにされたように感じるかもしれない。
だからといって見くびられたらそれなりに応酬したくなるものだ。
「買取はどちらで? カウンター? そこの?」
俺は買取カウンターらしきところに行く。
普通の猪とか鹿くらいなら置けるかもしれないくらいのカウンターだ。
うーん、流石に壊して賠償請求されるのもバカらしい。
猪系で、ギリギリ乗るくらいの大きさで、強いヤツ。
大氾濫の時の雑魚の中の雑魚な、なんで収納したんだろうって感じの猪っぽい魔物をカウンターに出現させる。
それでもカウンターに乗るギリギリのサイズだし、何も無いところからいきなり魔物の死体が現れたことに職員たちが驚き、なんなら悲鳴も上がった。
「大丈夫です。死体です。新鮮な素材ですよ」
とは言え、土の槍で突き刺して殺したのをそのまま収納していたのか、どくどくとカウンターに血が流れ落ちる。
うーん、収納魔法は時間の流れも操作できるけれど、中で血抜きをするみたいな作業はできないんだよな。
倒した魔物は基本的に時間を止めて放り込んであるから、こういうのはよくあることだ。
でもよくあるのは俺のほうで、冒険者ギルドの職員たちからするとそうではない。
騒然とする冒険者ギルドの中で俺は肩を竦めた。
「掃除代は差し引いていいので、買い取ってもらえませんかね?」




