暁の星 3
その後、リディアーヌとシルヴィを迎えにシクラメンに行ったが、リディアーヌは珍しくお疲れの様子だ。
彼女が疲れを顔に出すのは相当に珍しい。
「亡者の軍勢を追わぬよう説得を試みたのですが、駄目そうですわね。シクラメンの都市機能を維持するのは相当に難しいでしょう」
アレクサンドラ私邸の椅子に座って、息を吐くリディアーヌだが、なんか俺とアレクサンドラと違って姿勢が崩れないんだよな。
もうこうなっちゃったんだから、取り繕わなくていいんじゃない?
「こうしているのが私にとっては自然体、というほどに鍛えられましたが、アレクサンドラ女帝陛下?」
ついとアレクサンドラは目を逸らす。
「そんなだから見捨てられたのでは?」
「だからと言って実の子をギロチンにかける命令書に署名する人を親とは思いたくないですね」
「統治者とその家族なんてそんなものでしょう? 市井の者では命を代償にしても味わうことのできない贅沢をしてきたはずですが?」
「リディアーヌ、あんまり虐めてやらないでくれ。誰にとっても今日は激動の一日だったんだ。今の俺たちに必要なのは休息だよ」
「それは、認めざるを得ませんわね。ですが、休めるような場所が?」
ここ、帝国女帝の私邸だよ。
簡易休憩所くらいに思ってない?
「椅子とかベッドは収納魔法に入ってるけど、家は入らないんだよな」
帰らずの迷宮で床に固定された本棚が収納できなかったような感じなのだとは思うが。
「壁と屋根は欲しいですわね。アンリ様。避難場所は提供できませんか?」
「セーフティハウス?」
「どこか遠くの国に屋敷を買って、いざというときのための避難場所にはされていないんですか? 転移魔法があるのですから、いつでも逃げられる先を作っているものだとばかり思っていましたが」
ハハッ、リディアーヌは俺を買いかぶりすぎだなあ。
その発想はなかったよ。
そもそも外国に行って見聞を広めようとしてこなかったの、今の状況に効いてるんだよなあ。
大陸東側を偵察していれば、その技術が進んでいることにも気付けただろうし。
「一人で飛んだとしても王国から出るのにだって結構時間を食うからな。帝国だって遠く感じたし、共和国はもっとだ。いまは帝国の東側にいて、王国のできるかぎり南部に転移して、そこからヒラシアメニク商業都市連合あたりを目指すのが手っ取り早いかも知れないが」
「今から出発ですと、夜を徹しても到着しませんわね」
「そうなんだよなあ」
大陸広すぎ問題である。
飛翔魔法があんまり速度が出ないというのもあるが、それを加味しても王国の領土はとても広い。
小学生並みの感想だが、飛翔魔法を使ってもなお、王国の領土外に出るのは時間の問題で一苦労するのだ。
ちなみに飛翔魔法で速度が出ないのは、空気抵抗の問題だ。
風圧が凄いので、障壁の魔法で壁を作るわけだが、この障壁へとかかる空気抵抗が半端無いのである。
それを無理矢理押しのけて進んでいるのが飛翔魔法だ。
当然音速とか出ない。
新幹線の速さも怪しい。
魔法障壁の置き方はこれまでにも色々と試してみたが、三枚の障壁を細長い三角錐にするのが一番よさそうだ。完全に密着は事実上無理なので、各面の間に隙間があって、空気が抜けてはくるが、抵抗は段違いに軽い。
ただ後方に乱気流が生まれるため、なんというか、全速力で飛ぶのはちょっと怖い。
バランスが崩れそうになる瞬間があり、もし崩れたときに自分が空気の壁にどう当たるのか予想できない。
障壁の位置は自分に固定できるので、そう危ないことになるとは思えないが、なんか全速力だと痛い目を見そうな気がするんだよな。
こういう勘は大体当たるというか、当たった時に印象に残るので、避けたほうが心の平穏には良い。
別に難しい話がしたいわけではないよ。
単にこれまで遠出をしてこなかった言い訳がしたかっただけだからな。
「まあ、領地にある俺の私邸に行く手はある。流石にまだ情報は行ってないだろうし、今夜くらいならどうにかなる」
もう俺の領地とは言えないけど、連絡手段はないから危険ではないはずだ。
クララが報せにくるにしても転移はできないはずだから、今日中に来ることもないだろう。
「壁と屋根と寝床があれば文句は言いませんよ」
「それならここでもいいんじゃない? 少しでもリスクは減らしておきましょ」
「あの、ここ私の……」
「テーブルを端っこに移動させたらベッドいくつか置けるでしょ」
「あの、いえ、いいです」
帝国女帝かわいそう。




