黄泉返りの魔王 98
俺はまず後始末が残っているというリディアーヌと、その護衛としてシルヴィを連れシクラメンに飛んだ。
上空転移からのいつものルートだ。
二人を邸宅において、すぐに帝城へととんぼ返りする。
アレクサンドラだけを残し、他の面々で観測所へ。
バルサン伯爵はバルサン領でもいいと思ったのだが、本人の希望で王都へと連れて行くことになった。
本気で俺たちと敵対する、ということのようだ。
観測所の上空から観測所の外へと降り立つ。
観測所の中は契約魔法が働いているから避けた形だ。
「では、これで」
「さらばだ。友よ」
「大変お世話になりました」
ここから王城に向かうのは同じだが、同行はしない。
すでに道は分かたれたのだ。
徒歩で向かう三人を見送って、俺とネージュは転移魔法で王城内へと先回りする。
謁見の間の、王の休憩室、もう転移魔法はクララの口から語られるだろうから、遠慮は無しだ。
幸いというか、国王はここにはいなかった。
まあ、謁見の間を使っているとき、疲れたらちょっと使うくらいの部屋だし、いるほうが珍しい。
俺たちは王城の通路に出て、ネージュの案内に従って進んだ。
「どうやってガルデニアと接触するんだ?」
「もうした。アンリの家族はこっち、王城内で保護されてる」
「いつの間に!?」
本当にいつの間にだよ。
ネージュに案内されて向かった王城内の一角、普段来ない辺りでネージュは部屋をノックした。
「はい。どちらさまでしょうか?」
父さんの声だ。
「アンリだよ。開けていい?」
「おお! 無事だったのか。もちろん入ってこい!」
扉を開けてネージュと二人、部屋の中に滑り込む。
「アンリ!」
家族たちが各々に俺の名を呼んだ。
「結婚式はどうなったんだ? 詳しいことは教えてもらえなくて、そのままこの部屋で過ごすように言われているんだ」
「すまない。みんな揃ってるね。良かった。今は急ぎなんだ。とにかく集まって、皆で手を繋いでほしい」
手を繋いで輪を作って、そして問答無用で転移魔法。
帝城の会議室へと到着する。
「これ、は?」
酩酊感にそれぞれが支え合う中、父さんが聞く。
「事情があって俺は王国と敵対することになりそうなんだ。皆には悪いけど、安全確保のために帝国、というか元帝国で暮らしてほしい。王国にいたらきっと俺の家族というだけで、最悪殺される……」
「そう、か。事情があるなら仕方ないな」
父さんはポンポンと俺の頭を叩く。
土仕事の硬い手の平だ。
「ようこそ、皆様」
アレクサンドラが軽くカーテシー擬きのようなものを見せる。
服装が皇帝陛下のそれなので、一般的な貴族女性のカーテシーはむしろ変な感じになるだろうし、正解だと思う。
「こちらの方は?」
「アレクサンドラ帝国皇帝陛下だ。一応無礼や粗相の無いようにしてほしいけど、そこまで畏まらなくてもいいよ。アレクサンドラ、俺の家族だ。何かあれば俺は君の敵に回る。そう思っていてくれ」
「ええ、もう変な選択を迫ったりはしませんよ。こんにちは。アンリ様に盟友となっていただきました。アレクサンドラと呼んでくださって結構です。アレックスでもいいですよ」
「ああ、ええと、アレクサンドラ様、で、いいでしょうか?」
父さんが咄嗟に跪かないのは、なんというか田舎出身なのと、ストラーニの邸宅でそこまで厳しく教育を受けていなかったんだな、という感じ。
母さんや、リーズ姉、アデールはメイドが主人にするように頭を下げた。
「はい。皆様を食客として迎えたいと思います。ところでアンリ様、皆様が出立されてから考えていたのですが、クララ様が転移魔法を使えるという前提において、私たちがこの帝城に留まるのは非常に危険ではないでしょうか?」
「確かにそうだな。どこか移動先に心当たりが?」
「保護した難民を集めた集落があります。そこに移動しようかと思います。ただ、いえ、まあ、移動しながらお話をしましょうか。ご家族も一緒に飛翔魔法で移動はできますか?」
「この人数だと、一旦ここに残ってもらって、後で転移魔法のほうが効率がいいかな」
「では、そういたしましょう」
「分かった。みんな、悪いけどこの部屋の中で待っていてほしい。食べ物と飲み物だけ出しておくよ」
「分かったが、誰かが来たらどうしたらいい?」
父さんの言葉に俺は言葉に詰まった。
帝城にはほとんど人がおらず、この部屋の近くには誰もいない。
そして帝城の外には誰もいないのだ。
生きている者は誰一人。
「扉は開けないで欲しい。誰も来ないとは思うけれど、一応ね」




