黄泉返りの魔王 95
ピエールが言うのなら分かる。
彼は母親を亡者によって殺され、自らも亡者になった。
生還したものの、その恨みは忘れられるものではない。
だがそれでも先に声を上げたのはクララだった。
「黄泉返りの魔王が政治の生み出した被害者であることは理解しました。しかしその上で、彼女が起こした事態を私は決して許すことができない。彼女は彼女の均衡を保つために、あまりにも多くの人を犠牲にしました。加害者になりたかった。その動機は理解します。しかし無関係の第三者を巻き込んだのであれば、今度はあなたも断罪されなければなりません」
それはおそらく純粋な正義感から来る宣言なのだろうと思う。
彼女は自身やその家族、関係者が黄泉返りの魔王によってなんらかの被害を受けたわけではない。
だから純粋に倫理の問題として、被害者が立場の回復を求めて加害者になるのであれば、法が、摂理が、正義が敵対するぞ、と告げている。
「ですが、今この場で断罪をとは言いません。ここは滅んだ帝国ですし、王国でだって私にそんな権限は無い。なので準備を整えて再訪いたします。今度は軍を連れて」
「クララ、戦争を起こす気か。必要のない犠牲を生むだけだぞ」
「いいえ、決して不要な犠牲ではありません。ピエールのような被害者家族には、反撃に挑む機会が必要です。そうしなければ終われないのです。抗い、戦い、勝利して、ようやく前を向いて進めるようになるのです」
「勝利するとは限らない。いや、君たちはどうあったって敗北する。アレクサンドラの権能を知っただろ? 彼女は数百万体の亡者を自在に操り、その居場所を変更できる。勝ち目は無い」
「だとしても挑まなければならないのです。家族の、仲間の、人の生を弄ばれておいて、笑って許すなど私にはできない。いま飛びかからないために、必死に自制しているくらいです」
「アンリ様、彼女の言うことは正しいです。それでいいのです」
クララを肯定したのは当の本人であるアレクサンドラだった。
「彼女には彼女の正義があり、私には私の復讐がある。どうしても相容れないとき、人は戦わねばならないのです。受けて立ちます。二人目の魔法使いによる断罪を。アンリ様たちに協力しろとは言いません。あなたたちにはあなたたちの正しさの形があり、それは私のものとは違うでしょうから」
「アレクサンドラ、王国軍が君を討つべく帝国領に攻め入ってくるというのなら、俺は君に協力する。クララ、君は国王の公開処刑にも抵抗するのか?」
「今のところ判断しかねます。ただここで見聞きしたことは、陛下の耳に届けます」
「王国まではどうやって戻る? 送っていこうか?」
「いえ……、自力で戻れますね。転移魔法は見本を見せていただきましたし、再現できる感じがします」
「感じって……」
って思わず言ったけれど、自分も似たような感じで魔法使ってるんだった。
「クララなら問題ないと思うわよ。回復魔法以外もバンバン使ってたし」
シルヴィが補足してくれる。
「そうなんだ」
魔法を使いたいという強い意思と黒い宝石があれば、割と誰でも簡単に魔法使いになれてしまうのかもしれない。
「アンリ様、私はクララ様と同行したいと思います。お許しいただけますでしょうか?」
ピエールが遠慮しながら言った。
リディアーヌに発言権は無いと言われたばかりだから、恐る恐る言った感じだ。
「ピエール、君の気持ちを踏みにじってしまった。もちろん望むようにしたらいい。ただ戦場で出会ったら手抜きはしない。そのつもりでいて欲しい」
「はい。お許しに感謝します」
「アンリ殿、いやもうただのアンリだったな。私もお前と同じ道は行けない。お前を友だと思っているし、それは今でも変わらない。だが盲目的に手伝うと決めたわけではない。断言しておく。私は許されれば国王陛下の護衛に付くぞ。王国が割れるようなことは断じてさせない。クララ嬢にも状況を説明して、手伝ってもらうつもりだ。いいか、簡単に花を散らせると思うなよ」
「伯爵……」
味方である人たちが敵になるのか。
いや、裏切ったのは俺だ。
王国を裏切り、黄泉返りの魔王を助けると決めたのは俺だ。
今は彼らがこの場で襲いかかってこなかったことに感謝しかできない。




