黄泉返りの魔王 93
「アレクサンドラ、この場に呼びたい人がいる」
俺が言うとアレクサンドラは頷いた。
「リディアーヌ殿下ですね? どうぞ、私も彼女と話がしてみたいです」
アレクサンドラの許可が出たので、俺はシクラメンへと転移魔法を使う。
上空から見るシクラメンの様子には変化が始まっていた。
押し寄せていた亡者たちがきびすを返し、シクラメンを離れていくのが見て取れる。
邸宅の、俺が割った窓から侵入する。
「旦那様!」
テーブルに広げられた地図の前にいたリディアーヌが俺に気付いて声を上げる。
「亡者たちの動きに変化が起きたようですが、なにか状況が動きました?」
「ああ、黄泉返りの魔王は対話に応じた。亡者たちは以前の国境線まで一旦下がる。だからリディアーヌ、君の力も借りたい。この場を離れられるか?」
そう訊ねると、リディアーヌは眉の間にシワを作って、少しばかり思案した。
「……離れてよい状況ではありませんが、優先度はそちらのほうが高いですね」
「君がいないとシクラメンはどうなる?」
「そうですね。おそらく生き残りの貴族たちが兵を起こすでしょう。離れていく亡者へ追撃をしかけると思います。引き返す亡者にはシクラメンの住民も多く含まれています。回復魔法で復活できるという希望がある以上、民衆の支持も得られると思います」
「亡者に反撃まで禁じることはできない。追撃すれば相応の犠牲が出るが……」
「これは面子の問題です。負けたままでは終われないという自尊心が貴族を動かします。おそらく亡者が引いたのも、回復魔法から逃げたのだというように主張するでしょう」
「なんとか止められないか?」
「私がいれば牽制できますが、姿を消せばいくら言い含めてあっても無駄でしょう。人々は亡者の撤退に沸き立つ寸前というところです。亡者が完全にシクラメンを離れたら、追撃が始まると思ってください」
「それで出る犠牲者はもうそういうものだと割り切るしかないか。アレクサンドラを説得できなければ世界は滅ぶ。リディアーヌ、力を貸してくれ」
「分かりました。私はあなたの妻ですから」
差し出されたリディアーヌの手を取る。
「しばらくこの場を離れます。私がいない間は事前の取り決め通りに」
近くにいた男性にリディアーヌがそう言い含めるのを確認して飛翔魔法で空へ。
そして帝城へと転移する。
どうせ転移魔法のことを知っている面々だ。直で会議室へと転移した。
リディアーヌの姿を認め、王国の面々は立ち上がる。
アレクサンドラは当然座ったままだ。
と、思っていたがアレクサンドラも席から立った。
「お久しぶりですね。リディアーヌ殿下」
そう言ってアレクサンドラはリディアーヌに握手を求める。
リディアーヌはそれに応じた。
「そうですね。また会えたことに感謝いたします。アレクサンドラ、今は女帝陛下、ですか?」
「前皇帝陛下が崩御され、他の後継者も皆死に、私だけが残りました。ですから、ここは帝国で、私は女帝です」
「承知いたしました。女帝陛下。まずはここまでの話を聞かせていただけますか?」
「では、私が。異議があれば、いつでも挙手を」
一応中立ということになっているシルヴィが状況を説明する。
要点はアレクサンドラと難民が三カ国の政治的謀略によって犠牲になったこと。
アレクサンドラはその報復として全人類の破滅を望んでいるということ。
俺が王国から抜け、アレクサンドラに付くことで、一旦対話に応じたこと。
それでも最低限、王国国王と、共和国大統領の公開処刑を望んでいること。
アレクサンドラが死ねば亡者がどうなるのか、アレクサンドラ自身にも分からないということ。
そして世界を滅ぼされたくなければ自分を説得してみせろ、というアレクサンドラの要求について、だ。
「王国国王と共和国大統領の首だけはどうしても譲れない、ということでしょうか?」
当然ながらリディアーヌは言う。
彼女の実の父親の命を差し出せというのだから反発は当然だ。
「別の誰か、では筋が通りません。国家が行ったことです。もし当人がそれを知らなかったとしても、知らなかったこと自体に責任がある。実行者や、その承認をした者が別にいるから、とその首を持ってこられても、私は承服しかねます」
リディアーヌは目を伏せ、少し思案した。
「しかしそれもまた筋が通らないのでは?」
「どういうことでしょうか?」
「二国の国家元首をその罪状を知らしめ、公開処刑するのであれば、それを知らされた国民は生かされてしかるべきです。どうせすべて滅ぼすというのなら、公開処刑の必要もありませんよ」
リディアーヌの主張は確かにそうだ、と思わせる。
だがそれは公開処刑までは認めた、ということにならないだろうか?
「旦那様が黄泉返りの魔王についた、ということは力尽くで公開処刑を実行することは可能ですね。確か空間に光で像を映し出したり、音をより大きく、遠くまで伝える魔法を使えたと記憶しています。ですわよね?」
「ああ、まあ」
「というわけで、両国国家元首を公開処刑するという条件で止まっていただきたいのですが、どうですか?」
「理屈は分かります。しかしそれでは感情が納得できないのです。私たちは、つまり私と難民たちは生命を脅かされ、あるいは奪われた。その代償に首が一つずつではあまりにも軽い! 軽んじられていると感じるのです」
それは被害者による悲痛な叫びだ。
俺がどうしても無視し得ないものだ。
しかしリディアーヌも父親の命を差し出した。
「王国は亡者の侵攻ですでに王太子と第二王子を失っています。いま国王の首を落とせば、継承権争いで王国は骨肉の争いを繰り広げることになるでしょう。あなたが手を汚さなくとも、王国の王族は勝手に殺し合いますよ。それを楽しまれては?」
そしてさらに自分たちを差し出す。
これには流石にアレクサンドラも一歩引かざるを得なかった。
「……王国についてはそれで良しとするとして、共和国はどうですか? かの国の元首、つまり大統領は血脈と関係がありません。その首を落としたところで、次の誰かが大統領の座におさまり、共和国自体は何の問題も無く続いていく。それは納得ができない」
「では共和国は滅ぼしちゃってください」
事もなげにリディアーヌは言った。




