黄泉返りの魔王 90 [魔法使いの戦い 6]
武器を構え直したシルヴィはざっと周囲を確認する。
幼く見える少女が現れただけで、謁見の間の空気は変わった。
見誤ることが許されない絶対的な強さを彼女は気配として放っている。
「アンリ、どこまでが敵?」
ああ、そう確認してくれるシルヴィはやっぱり最高だ。
「アレクサンドラと話はついた。敵はボーエンシィ機関だけだ。亡者は味方だと思ってくれ」
「了解」
すべてを話せばシルヴィは俺の敵に回るかも知れない。
けれど、今はボーエンシィ機関の排除が先だ。
「いいえ、もう決着はつきました」
俺に突き飛ばされて尻餅をついていたアレクサンドラが立ち上がる。
「抵抗されて、少しばかり時間がかかりましたが、彼らは私の権能で黄泉返った者たち。その仮初めを取り上げました。すぐに消えて無くなります」
「直ぐに、ということは、いま、この瞬間ではないのだな!」
マステと呼ばれていたボーエンシィ機関の黒マントが一瞬で距離を詰めた。
シルヴィのところへ。
なぜシルヴィへ?
そして手にしたスピアはどういう原理か先が高速回転しているドリルのようだ。
古竜の牙で作った棍で受け止めたシルヴィだが、それはあっという間に削られていく。
「アンリ、剣を」
収納魔法からシルヴィが実家から拝借してきたコルネイユ家の宝剣を取り出して、投げ渡す。
シルヴィは左手でそれを受け取ると、すっと軽く振った。
あまりにも軽く振るわれたので、その刃が回転するスピアを通り抜けたことに気付くのに一瞬かかる。
回転力によってスピアの穂先は辺りへと砕け散った。
「なるほど。斬撃に必ず切断するという確信を乗せたら、こうなるのね」
シルヴィの言うことはよく分からないが、マステという黒マントの体はいくつかに分断され、中身が一気に飛び散った。
断末魔すら上がらない。一瞬の出来事だった。
一閃にしか見えなかったが、一体何回切ったんだ。
「マステ! クソがッ! 力を寄越せ! アレクサンドラ! 誰が生かせてやったと思っている!」
ルキオが叫ぶが、アレクサンドラは涼しい顔で受け流す。
「命を救われた分の義理は十分に果たしたと思います。一国を滅ぼした。それも自らの祖国を。あなた方も私の命にそれほど価値は感じていないでしょう? ですから、つまり、あなたがたは、対価を望みすぎた」
「やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろ! 成し遂げる前に終わるわけにはいかねぇんだよ!」
抱えられたルキオの首は激しく痙攣し、呪詛の言葉をわめき散らす。
「あなたは十分に為した。国を一つ滅ぼしたのです。十分でしょう」
「こうなりゃせめて!」
ルキオの体がランスを手に突撃してくる。
それを見たシルヴィは手に持った剣を明後日の方向に投擲した。
風を切って飛んだ長剣は壁に深く突き刺さる。
「ぎゃあああああああああ!」
響き渡る絶叫。
襲いかかってきたはずのルキオがシルヴィの投げた剣によって貫かれている。
何が起きているのか分からない。
魔法の力は復帰して、俺は自然と周囲の魔力から状況を把握できるはずなのに、この攻防が一切理解できない。
「[突き刺さる]も問題なし、と。[貫く]にしなかったのは正解ね。どこまで飛んでいったか分からなくなるところだったわ」
「なにが起きて……」
「なに、って逃げようとしてたから磔にしたのよ」
「むしろ襲ってきてたように思ったんだけど……」
「目に頼り過ぎよ。ああ、逆か。普段魔力に頼ってるから、あいつら相手だと不慣れな視力に頼ることになるわけね。はい。なんでもいいから剣を出して。とどめを刺すから」
手を差し出されたので、収納魔法から帰らずの迷宮で作った剣を出してシルヴィに渡す。
「こんな業物じゃなくていいのに」
「だってあいつら鉄みたいに硬いだろ。それなりの剣じゃないと」
「[そう思うからそう]なのよ。斬るために打たれた剣なら別にナマクラでも」
ビュンとシルヴィは剣を振る。
「むしろ重要なのは制作者の思いの強さ。まあ、合格点ね」
いや、それ多分地上に現存する中では最高級の逸品ですよ。たぶんね。
そんな風に思ったことが顔に出たのか、シルヴィはハァとため息を吐いた。
「もしかしたらクララのほうがアンタより魔法使いとしては上になるかもね」
「えっ?」
そこ抜かれたらもう俺が勝てるところなくない?
「まずは殺してくるわ。死体を殺す、ということも分かってきたし」
シルヴィは姿勢を低くして、地を蹴った。というよりは体を押し出した。
死体の折り重なる謁見の間を一瞬で壁際まで移動して、壁を駆け上がる。
「止めろ! おまえなんかが手に掛けていい存在じゃない!」
「[魔法使いは人の言うことなんて聞かない]でしょう?」
天井で折り返して、シルヴィは壁を駆け下りる。
ただそれだけに見えたが、ルキオはもう断片へと解体されていて、コルネイユの宝剣もシルヴィの手元に戻っていた。
「さて、役者も揃ったわね。黒マントを殺して一件落着――、とはいかないみたい」
シルヴィが両手に剣を持ったまま、その場で姿勢を低くする。
もう分かった。あれは彼女が本気を出すときの戦闘姿勢だ。
なぜ?
天井の穴から謁見の間に飛び降りてきたのは、ネージュにクララ、そしてバルサン伯爵とピエールだったのに。




