黄泉返りの魔王 88 [魔法使いの戦い 4]
「なにをっ! あなたはっ!」
アレクサンドラは激烈な反応を見せた。
一国を滅ぼし、さらにその手を周辺諸国に伸ばそうとしている少女は、たかだか十何人かが命を失ったことに、いや、違うな。
俺が直接殺したことに、取り乱し、悲鳴のような絶叫を上げた。
「いけない! ちがう! こんなはずでは!」
「俺は英雄ではないよ。アレクサンドラ」
回復魔法で亡者たちを一掃しつつ、俺はアレクサンドラに語りかける。
「黄泉返りの魔王を倒す英雄なんかじゃない」
彼女の反応で、彼女の描いた絵図はなんとなく見えてきた。
アレクサンドラは帝国への復讐はやり遂げたいし、王国や共和国も憎い。
すべてを滅ぼしてやりたいというのは本心だろう。
ただ、それをするには彼女はあまりにも真っ当すぎた。
普通の人間だった。
彼女が心置きなく復讐に身を焦がすためには、いずれ誰かが止めるという保証が必要だった。
黄泉返りの魔王は悪で、いずれ正義を掲げる英傑によって倒される。
その前提を頼りに、彼女は復讐の鬼でいられるのだ。
自分を悪鬼に堕とすことができたのだ。
故に黄泉返りの魔王を倒す者は善でなければならない。
英傑が苦しみ、傷つくのはいいが、手を汚してはならない。
だってそうじゃないと、もしかしたら自分がやらなくてもよかった、だなんて考えてしまう。
俺に苦しみを打ち明け、頼っていれば、一緒に、あるいは代わりに、仇敵を滅ぼしてくれていたかもしれないのだとしたら。
すでに罪無き者ごと全てを滅ぼした後に、それを知らされたところで、ただただ虚しいだけだ。
自分の覚悟が、罪が、すべて否定されたような気持ちになるかもしれない。
だが、そう、なのだ。
アレクサンドラ。
そしてそうはならなかったんだ。
「俺たちは友だち、と呼べる関係ではないけれど、だけど帝国を危険視する同志だった。君だけに手を汚させるなんてことはしたくない。そしてこれ以上罪を重ねて欲しくない。俺のために、君のために! 俺が一緒に手を汚すからさ。お願いだからここで止まってくれ!」
「妻からひとりを」
アレクサンドラは主張を繰り返そうとする。
それは分断の言葉としては適切だ。俺が絶対に譲れない線だからだ。
「それは駄目だ! だけど俺は王国を捨てるよ。君の帝国に籍を移す。妻たちは置いて行くから、それじゃ、駄目か?」
俺の言葉はアレクサンドラの虚を突いたようだった。
彼女は呆けたようになった。
「私の味方になってくれると言うんですか? 黄泉返りの魔王の仲間に?」
「止めるべきことは止めるよ。これ以上の暴挙は許さない。だけど君の傍にいて、君を支えると約束する」
俺がそう言うと、アレクサンドラは思わずと言ったように笑った。
「ふふ、まるでプロポーズの言葉みたい……」
いつの間にか亡者の召喚は止まっていた。
死体の折り重なる謁見の間で、俺と彼女は距離を置いて向かい合う。
これはこの場凌ぎの言葉じゃない。
俺は本気でそうするつもりだし、それはきっと彼女にも伝わっている。
「だから――」
「妄言だぜ。耳を貸すな、アレクサンドラ」
それはアレクサンドラの背後から現れた。
気が付かなかった。
気配はまったく無かった。最初から? いや、違う。
そいつは、いま、現れた。
ボーエンシィ機関、黒マントの一人。
最初に床を突き破って襲いかかってきたヤツ。
そいつが、自分の首を小脇に抱えて、アレクサンドラの後ろから現れた。
「驚いたか? 俺も驚いたぜ。まさか黄泉返りの魔王の権能が俺にまで及ぶとはな。首を落とされ、死んだから、こうして権能を逆に利用できたってぇわけだ」
「ルキオ!?」
アレクサンドラが叫ぶ。
抱えられた首が揺れながら笑った。
「ケケケ、駄目だぜ。アレクサンドラ。絆されてんじぇねぇよ。もう分水嶺は超えたんだよ。おまえが止まったところで、周りがお前を放っておかない。侵略を止めた途端、おまえの力を恐れた者たちが襲いかかってくるぞ。根本的に、おまえら下等生物どもは、異物を排除せずにはいられないからだ。それが死者を操る魔王ともなればなおのことだ」
「黙れ!」
俺は黒マントに向けて回復魔法を放つ。
死んでいるというのなら、これで消滅させる!
だが回復魔法は誰にも、何にも、どんな作用も及ぼさなかった。
「カカカ、死体になったところで、その道具としての効果は変わんねぇよ。同じように作用する。死んでみるのも悪かねぇな」
「ルキオ、黙ってください」
「嫌だね。ククク、どうやら魔王としての権能は俺に対しては万能ではないらしい。だから黙らないね。なあ、アレクサンドラ、おまえさんはもう終わってるんだよ。自分の祖国を滅ぼしたんだ。もう行き着くところまで行くしかねぇんだよ」
「耳を貸すな! 俺と君で協力すれば対処できる。亡者を引いて、以前の国境線を守るんだ。それでも襲ってくるヤツらがいるなら、俺が排除する。約束する!」
「その男の言葉を本当に信用していいのか? おまえが本当に辛かったとき、処刑されたとき、傍にいなかった男の言葉だぜ」
「知っていれば駆けつけていた! 本当だ。本当なんだ!」
「後からならどうだって言えるぜ。本当に価値があるのは、俺たちがおまえが死なずに済むようにしたことだ。そうだろう? 俺たちがいたからおまえは死なずに済んで、復讐を実行できるんだ。だから、やれ! やるんだよ! おまえはもうやるしかないんだ! 親を殺し、兄弟を殺し、親族を殺し、臣民を殺し尽くしたんだ。そいつらの死を無駄にするな」
「違う! これからのことを考えよう。俺は頭が良くないから上手く伝えられないし、いい案が出ないかもしれない。でも分かることだってある。過去は振り返るもので、囚われるものじゃない! ケジメは付ける。王国の国王と、共和国の大統領は殺してその首を持ってくる。その上で、これからのことを一緒に考えよう!」
「カハハ! オモシレぇことを言うなあ。魔法使い。そんなことをしたら戦争だ。大戦争だ。だけど、それじゃ足りねぇんだよなァ。いいか、アレクサンドラ、こいつは王国の貴族だ。王国を守るために言ってるだけさ。気高いから自分を犠牲にできるだけの偽善者だ。こいつはおまえを愛しちゃいない。大切になんて思っちゃいない。俺を見ろ。アレクサンドラ。俺を見ろよ。もうおまえ無しじゃ存在すらできない死んだ俺だ。俺と、あいつと、どちらを信じるべきか、言うまでもないだろ」
「そいつは君を破滅させたいだけだ。人類を絶望に堕として、君のような存在をいくつも生み出したいだけの元凶なんだ!」
俺とルキオは主張をぶつけ合わせる。
黄泉返りの魔王アレクサンドラに選ばれるために、必死に言葉を絞り出す。
「……証明を。双方、それぞれの主張を証明して見せてください」
呻くように、絞り出すようにアレクサンドラは言った。




