黄泉返りの魔王 82 [人外の戦い 2]
ぶっちゃけた話、勝つだけならそんなに難しくない。
実際的な戦闘において勝つ、というのは相手を殺すことではない。
戦闘に対して設定された勝利条件を満たすこと。
それが[勝つ]ということだ。
シルヴィの見解では、どうやらネージュはすでに勝ったようだ。
しかしシルヴィはそうではなかった。
アンリとこの場にいる三人の生存がシルヴィの最低勝利条件だ。
なんだか勝手に命を燃やしてこの敵を殺せるならば相打ちでも、なんて思っていそうなネージュを守らなければならない。
まったく困っちゃうよね。
厄介な第三夫人だ。
とは言ってもそれ自体はさほど難しくない。
この敵は面倒くさい能力を持っているようだが、その全貌が明らかでないにせよ、シルヴィが全力を出せば対処できないというほどでもない。
7割くらいの力を出してやや押していることからも間違いない。
いくらなんでもまだ能力を隠し持っているということはないだろう。
その意味は無いし、もしもその意味の無いことをしていたとしてもそれに合わせて出力を上げるだけだ。
ネージュに避けさせたのだって、どちらかというと彼女の自尊心のために戦闘参加を促すためで、その命を守るためではない。
もしもネージュの反応が遅れていたら、シルヴィ自身が槍を弾きに行っていた。
それだけのことだ。
ちょっと強くなりすぎたかな?
そう思うこともある。
多分、自分は人間としての枠を超えてしまった。
超えてしまったことで、成長の余地はさらに広がったと感じている。
まだ成長できる。まだまだ強くなれる。
その確信がシルヴィにはある。
なんなら、やろうと思えば、いま、この瞬間にだって、もう一段強くなれる。
だから勝つこと自体は容易い。
殺すのも本気でやればできる。
攻撃が通らないからとして、攻撃が通らないと決まったわけではない。
例えばさ、こういうことだってできるよね。
シルヴィは古竜の牙でできた鎚を振るう。
それは黒マント……は、着ていないけれど、この敵に当たってその身を揺るがす。
と、同時に帝城の壁と床に亀裂が入った。
いや、それは亀裂というよりは、切断痕だ。
太い刃物で斬りつけられたような傷痕だ。
うん。
鎚でも、|斬ろうと思ったら斬れる《・・・・・・・・・・・》。
攻撃が効いたわけではないけれど、シルヴィは思った通りの結果を得られて、より確信を深める。
つまりこの敵は自分が傷つくことはないという強い確信を現実に持ち込んでいるのだ。
そしてシルヴィの攻撃の意志がそれを超えられていないだけの話だ。
そりゃそうよね。
相手は自分が傷つかないと確信している。
それに対してこちらは攻撃が効かないという現実をすでに目にしてしまった。
その現実を破壊して、攻撃が届くと[確信]してようやく互角。
ダメージを与えるには確信を超える何かが必要だ。
できるけどね。
それはつまり識っているということ。
自分はこの敵を殺せるとシルヴィは識っている。
だけどそれをしてしまったら、間違いなく勝利を得られるけれど、だけど満足がいかないのだ。
馬鹿だなとシルヴィは自分で思うけれど、ただ勝つだけではなく、これを意味のある戦いとその勝利にしたいと考えている。
まずネージュの認識の更新。
自分の命なんてさほど価値は無い。
アンリの中に生きられたらそれでいいという彼女の妄信のような浅慮を引っぺがす。
続いてクララの成長。
回復魔法しか使えないクララには成長の余地がそれほど海のように広がっている。
せっかくだからここで伸ばせるだけ伸ばしたい。
命を賭けた実戦に勝る訓練はないのだ。
そして、まあ、アンリにちょっと時間をあげることも必要だ。
どうせ彼のことだから、アレクサンドラのことも救ってしまうのだろうけど、そういう人であって欲しいからそれでいい。
苦しみの渦中にいる彼を敢えて、そのままにする。
アンリは必ず自分の力で乗り越えて、前に進むから。
最後に――、
「[ボーエンシィ機関]だっけ? 哀れな子どもばかり狙う卑劣で卑怯で矮小で、あとどいつもこいつも弱いわね」
「ははっ、その通りだ。娘っこ。我らは誰もがとても儚く、矮小で、取るに足りない存在だ。故に価値あるものを作りだし、滅びるなら重畳」
できる限りこいつから情報を引っこ抜く!




