黄泉返りの魔王 79 [人間の戦い 3]
バルサンは油断などしていなかった。
にも関わらず、ルキオは視界外から攻撃をしてきた。
幻でも、錯覚でもない。
重さのある、実物による攻撃だった。
見失った、とも感じなかった。
天井に張り付いたルキオはそこにいた、とバルサンは認識していた。
アンリが使う転移魔法に似ているが、それとは違うとバルサンは解釈する。
アンリは短距離転移で連続使用することで常に視界外から攻撃することができるとは聞いているが、用意した魔法を転移先に持って行けないと聞いている。
影の武器化が魔法ではないか、転移魔法とは違うなにかか、ということだ。
そもそも魔法とは何かがバルサンには分からない。
なのでバルサンは先入観を捨てた。
言葉に惑わされることもしない。
「なぜ魔法使いの命を狙う? アンリこそが貴様らの理想、成功例ではないのか?」
「あいつァ、成功例だが、理想的ではないなァ。魔法使いってのはもっと自分勝手で、思慮が浅く、ぐだぐだ考えたりはしねえ」
ルキオからの返事が聞こえた方向ではない向きからの攻撃がバルサンを襲う。
だが想定の範囲内だ。
むしろ視界外から攻撃してくると分かっていれば、それはそれで対処できる。
大金槌でルキオの武器を弾いて、その肉体を蹴り飛ばす。
「だが周りに魔法使いに成り損なった女性が集まり、ついには魔法使いに至った娘まで現れた。血脈の復活が予想されるぞ」
「そう、上手く進んでいる。魔法使いの復活の道筋は見えた。ノウハウは手に入った。なら、別にあいつに拘る必要はねェよな。もっと俺たちの思い通りに、自分勝手に動く魔法使いを作るべきだ」
「それは[ボーエンシィ機関]の総意か?」
「どーかなァ?」
総意ではないな。と、バルサンは確信する。
なぜならアンリの抹殺が[ボーエンシィ機関]の総意であれば、言葉を濁すようなことは言うまい。その方がこちらに絶望感を与えられるのだから。
死角からの攻撃をバルサンは往なし続ける。
手にしているのが巨大な大金槌であることを考えると、驚くべき技量だ。
その攻防はあまりにも高度で、速く、そして重い。
ピエールはハルバードを手に動けず部屋の隅にいる。
それで正しい。
おそらく彼がこの戦いに参加しようとすれば、一瞬で命を失う。
ルキオは彼のことを取るに足らないと判断し、攻撃を向ける必要性すら感じていないのだろう。
バルサンはこの状況を維持しなければならない。
なぜならバルサンはピエールを守らなければならないからだ。
ピエールは戦力という意味ではほとんど価値が無い。
この場にいるだけでバルサンにとっては邪魔ですらある。
ピエールの安全に向けて常に意識を払わなければならない。
にも関わらず、バルサンはピエールに来るように促した。
なぜか?
最弱の彼を他の子どもたちに押しつけるわけにはいかなかったからだ。
ここで発生する戦場がいくつに分かたれるかまでは分からないが、ピエールの混じったところが一番脆い。
ピエールを起点に戦闘の趨勢が崩れる恐れは十分にある。
故にバルサンは自分が引き受けた。
その上でピエールの存在をただの足手まといにはしない。
彼との距離を適切に保ち、ルキオに無視はさせるが、意識はさせる、そのギリギリのラインを見極める。
取るに足りない存在だが、入ってきたら邪魔だな、と常に思わせ続ける。
ルキオの思考リソースを奪うのだ。
せめてバルサン自身が奪われているくらいには。
幾度目かの攻防。
「人間に埋め込むというあの黒い石はなんだ? どうやって調達している?」
「黒い石。ぎゃはは、石? あれが? 下等生物らしい感想で、感動すら覚えたぜ。愚か者を見下ろすのは気分がいいなァ」
武器と武器が打ち合わされるが、金属音はしない。
バルサンの持つ大金槌は金属製だから、影を武器化したそれは硬質ではあっても、金属ではない素材なのだろう。
「ありゃ、[ダイソン魔石]だ。ダイソンって? 魔石って? おしえねーよ。ぎゃはは!」
愚かな敵だ。とバルサンは思った。
分からなくても情報は情報だ。この場では分からなくとも、繋ぎ合わせれば答えに辿り着ける。
つまり――、
「なんとしても生き延びなければならなくなったな」
「生き延びる? 他のヤツらとは違っておめェには何の価値もねェよ。生きて帰すわけがあるか!」
「その割にはこの身に傷ひとつ付けられないでいるようだが?」
「その余裕がいつまで保つかな? そろそろ限界だから会話で繋いでるだけだろォが」
「まあ、認めよう。勝ち筋は今のところ見えん」
武器が悪すぎた。
帰らずの迷宮奥深くの魔物素材で作られた大金槌は鋼を押しつぶすだけの性能があるが、帝城の建材が脆すぎる。
つまり押しつぶそうとしても、押しつけた先の床やら壁やらのほうが壊れてしまう。
「ぎゃはは、時間を稼げば援軍が来ると思ったか? ざぁんねん。遠からずのマステは俺より強いぜ。誰も駆けつけてはこねェ。嬲り殺しだ」
「そうは言ってもな――」
バルサンは大金槌の頭部を床に打ち付けた。
床を破砕するほどではないが、部屋が揺れる。
そしてその首元に足を掛けた。
「見えないからと言って、無いと決まったわけでもあるまい」
バキリと耳に残る嫌な音がして、大金槌の首が折れる。
そしてバルサンは大金槌の柄の部分を捻り切った。
歪な形に尖った穂先の、即席ショートスピアだ。
「叩いて駄目なら刺してみるか」




