黄泉返りの魔王 74
当然ながらこの短時間のうちに状況が大きく変わっているということはなかった。
探知範囲に生命反応は両手で数えられるほどしか確認できない。
それが亡者の生存者なのか、純粋に生きているのかまでは分からない。
亡者と化した生存者なら急がなければならないが、状況を見るに帝都陥落は随分と前のことだ。
今まで亡者化して生き延びているとは思えない。
おそらくこの生命反応は、生かされている生存者たちだ。
「アンリ、こいつら亡者と勝手が違うわ。肉のついていないだけの亡者じゃないの?」
シルヴィの言葉が耳に届いて意識を戻す。
いや、別に意識を飛ばしてたわけではないんだけど、焦点を合わせたような感じだ。
「たぶんこいつらは[動く死体]という概念生命なんだ。肉のあるときは肉にでもダメージが通るけど、骨だけになったら骨を叩かないといけない」
「だったら剣や槍より、斧とか鎚ね! 出して!」
どれがいいか教えてくれないと分からないよ。
適当に出すってどういう意味か知ってる?
適切に相手の要望に添ったものを選んで出す、を略したら適当に出すなんだ。
「じゃあ、これ。古竜の牙でできた鎚」
「ちょい軽いけど、まあいいか」
ほーら、文句言う。
適当に、って言われて適当なのが出せなかったんだから俺が悪いことになっちゃうんだよな。世の中、おかしい。
「回復魔法はどうだった?」
「効きました」
「よし」
懸念材料はひとつ消えた。
今は屋上で上がってくるスケルトン相手に前衛陣が戦いを繰り広げている。
とりあえずかなり余裕はある状況だ。
ピエールに余裕は無いが、ギリギリ足りている。
本当にギリギリだけど。
今後前衛を任せられるほどではない。
バルサン伯爵を前に出して、クララの護衛というか肉盾として頑張ってもらうしかないな。
さて――、俺は選ばなければならない。
いま見つけた生存者のうちから、まず誰から救うのかを。
上から行くのか、下から行くのか、外縁部から行くのか、いきなり中枢部に飛び込むのか。
外縁部上側だな。
転移魔法で飛び込むと一瞬とは言え、酩酊感による戦力ダウンが発生する。
自分一人ならともかく、仲間がいるときに使える手ではない。
となると、飛翔魔法による突撃しかないわけだが、そうなるとこの外縁部上部以外が選択肢に入らなくなる。
全員の装備が対スケルトン用に変わり、完全に防衛が安定したところで、俺は声を掛ける。
「体も温まったことだろうし、そろそろ行こうか」
「目処は立ったのか?」
「いや、それは無理だ。黄泉返りの魔王がどこにいるのかまったく分からない。生存者を救出して話を聞く。飛翔魔法で乗り付けるが、かなり乱暴な着地になると思う。バルサン閣下はクララを見ていてほしい」
多分、そのお腹のお肉なら受け止められると思う。
「じゃあここらのスケルトンは一旦一掃しようか。クララ」
「はい!」
クララが範囲回復魔法を発動して、範囲内のスケルトンたちがガタガタと震え、そして煙になって消えていった。
その間に俺はここにいる六人に魔力の紐を付ける。
魔法使いが二人いるといいね。
クララが飛翔できたらもっと楽ではあるが、今はまだ無理だ。
「なんらかの迎撃がある可能性もある。乱暴な飛行になると思うから覚悟はしておいてくれ」
黒マントが気付いているのであれば強襲される恐れは十分にあるし、鳥形アンデッドも存在する。
さっきも襲ってきていたのは人型だけではない。
飛翔して、加速する。
空気の壁を作って、俺たちが感じるのは加速度と、後はその速度に対する恐怖。
クララがもう諦めて目を閉じ、身を委ねているのはある意味すごい。
どうせなにもできず、死ぬときは死ぬと覚悟を決めたらこうなるのかもしれない。
迎撃があったわけではないが、予備回避行動を入れながら、帝城付近へ。
今のところ対応はしてこない。
バルコニーに落下同様に着地するつもりだったが、クララが目を閉じてしまっているので、急減速する。
多分、速度を出しているときは風切り音が強すぎて、声を出しても届かない。
「バルサン伯爵、クララを!」
着地寸前にそう頼んで二人の距離を近付ける。
関係性じゃないよ! 結果には責任持たないけど!
着地、――衝撃!
身体強化を発動してなんとか耐える。
他の面々もなんとか無事のようだ。
クララはバルサン伯爵に抱きかかえられており、そっと床に降ろされた。
「警戒しつつ中へ!」
探知魔法を弱めに発動する。
ここからはもういつ黒マントからの奇襲があってもおかしくない。
人間のものらしい生命反応は至近だ。
殿を務めていた俺が室内に入るより先にクララの回復魔法が広がった。
「助けてください!」
知らない声での懇願。
俺は慌てて室内に入った。
そこは豪勢な寝室のようだった。
シルヴィに羽交い締めにされる若い女性がひとり。
「大丈夫だ。我々は君らを救いに来た」
バルサン伯爵が落ち着かせようとして言う。
「本当、ですか?」
「嘘じゃない」
ネージュが言う。
女性は俺たち一行をキョロキョロと見つめ、俺の存在に気付いたようだった。
「王国の!?」
おっと、俺の顔を知っているのか。
「アレクサンドラを連れ去った張本人じゃない。うわぁぁん。さっさと殺してよぉ」
「なんかよく分かんないけど、アンタがいたら話が変になりそうだから外に出てて」
「はい」
シルヴィに言われて俺はすごすごとバルコニーに戻った。




