黄泉返りの魔王 73
現在考え得る人類最高戦力の五名+一名でサンタル・ルージュへと跳ぶ。
転移直後の酩酊感に加え、六名を飛翔魔法で維持するのは難しい。
「一度着地する。建物の屋根へ。戦闘準備を」
ふらふらとした落下は、やや衝撃を伴う着地になった。
いつもは意識していないが、自分の重さというのはかなりある。
俺は膝を折って、地面に手を突いた。
クララも同じだ。
他のメンバーは耐えてるね。
やはり前衛職は体の鍛え方が違う。
「帝城までは1キロ無いくらいか。ここでいいのか?」
背中の鞘から大剣を抜いたバルサン伯爵が言う。
「これくらいでないと逆に気付かれる恐れがある」
今避けたいのは元凶なり黒マントに俺たちの存在を気取られることだ。
正面切って戦うのは辛い。
向こうには帝都にいる全てのアンデッドがいる。
押し寄せるそれらと戦いながら、元凶+黒マントと戦闘するのは流石にキツい。
「恐れというのであれば、転移してきた時点で気付かれている可能性もあろう」
「気付かれていない可能性もある。割合は分からないが、だからといって自分たちから姿を晒す意味も無い」
「仮定仮定仮定か。アンリ。戦場でなら命取りだが、これは暗殺任務だったな。最悪、我々が全滅しても、アンデッドの拡大が止まれば良しか」
「そうなる」
状況に応じて命の価値は変わる。
バルサン伯爵は俺たちの命を軽く扱っている?
とんでもない。
彼はいま世界全てと俺たちを天秤で釣り合わせた。
「勝利条件はアンデッドの侵攻停止。それを満たした上で一人でも生き残れば大勝利だ」
大勝利条件はそれ。
全滅でも相手を止められたら勝ちだ。
これは世界を救うための戦いだ。
相打ちなら上等。
そういう覚悟で六人はここにいる。
だけどそれを理解してなお、この場にただ一人の大人は言うのだ。
「だがそれは世界にとっての勝利条件だ。アンリよ。先ほどはああ言ったが、我々の勝利条件は違う。全員生還だ。仲間を失うのは、どんな成果を得ても負けだ」
「では相手を倒し、誰かが死んでいたら両方負けってことに?」
「もちろん。お前は政治は苦手だったか。いいか、政治的局面ではいくらでもあることだ。双方勝利も。双方敗北も。これは競技ではない。生存を賭けた戦いだ。可能であれば双方勝利に持って行きたいが……」
「ありえません。閣下! 相手はこれだけの悲劇を生み出しているんですよ!」
思わずと言った様子でピエールが言う。
彼は母親を喪っている。
そういう意味では彼はすでに敗北している。
よって相手を敗北させて、痛み分けに持って行くしかないのだ。
なるほど。
確かにありうるんだな。
どちらも負ける。どちらも勝つ。
そういうことが。
「ピエールよ。アンデッドを止めるのは絶対条件だが、帝国領内で留まらせること。もし元凶にそれが可能だとするのであれば交渉もありうる」
「まさか!」
バルサン伯爵は知っている。
元凶はアレクサンドラの可能性が高く、彼女は王国を恨んでいるだろうが、それ以上に母国を憎んでいて、そして滅ぼした。
それだけやったんだから、もう止まれ。
代わりに王国はなにかを差し出すから。
というように持って行くことも考えられるということだ。
だがピエールはそれを知らない。
黄泉返りの魔王が王国の生み出した怪物なのだということを知らない。
どこかから突然出現した災厄のようなものだと思っているに違いない。
だから交渉などありえないと考える。
両者が噛み合わないのは知っている前提条件が違うからだ。
「ピエール。君は意見を言える立場ではない。心情は理解するが、私の温情でこの場にいることを忘れるな」
温情、という言葉とは裏腹に俺は冷たく言う。
この状況を生み出した自分への怒りが乗ってしまった。
悪いことをしたと思うが、謝るのもおかしい。
彼がここにいるのはリディアーヌの政治的判断でもある。
アンデッドを生み出した元凶との戦いに町の男性が出陣した。
その事実がシクラメンの人々を鼓舞する。
「申し訳ありません。立場を弁えておりませんでした」
ピエールはすぐに引いた。
こういうときは封建制って便利ね。
明確に主従があって、従はそれがどんなに理不尽でも受け入れなければならないという下地ができている。
「それよりもアンリ、スケルトンたちが集まってきてる。すぐに上がってくるわよ」
シルヴィは剣を構えながら言う。
「スケルトン戦は初めて、でもないか、帰らずの迷宮最後のやつはスケルトン扱いでいい?」
「駄目でしょ」
「じゃあ一当てしてみよう。俺は探知魔法を使う。クララ、いざというときまで回復魔法は無しで、前衛陣に任せてくれ」
「先にスケルトンにも回復魔法が有効か試しておいた方がいい」
ネージュの指摘に俺はハッとする。
亡者とスケルトンを完全に同一視していたけど、そうとは限らない。
「ネージュの言葉は正しい。クララ、最初に上がってくるグループには回復魔法を。もし有効でなければ戦術自体を考え直さなければならない」
その場合、クララは味方への回復支援しかできなくなる。
「俺は探知に集中するから、なにかあったら肩を叩くなりしてくれ」
探知魔法は波紋のように広がるから、広く展開するほどそっちに気を取られる時間が長くなる。
味方がいない状況なら敵が近付いて来ても適当に魔法ぶっ放してどうにでもするんだけど、味方を巻き込まないようにするには、探知魔法自体を中断する必要があるだろう。
俺は帝城を巻き込む程度に抑えた探知魔法を展開した。




