黄泉返りの魔王 66
邸宅内の清浄化を確認した俺たちは周囲に回復魔法の雨を降らせて、亡者が入って来られないようにしてから、シルヴィたちとの合流を目指し、シクラメンの浄化エリアを広げていった。
亡者への対抗手段がクララの回復魔法しかないあちら側は最初から邸宅に向けて進んでいるが、そのペースはどうしても遅い。
回復魔法の雨が降らせないクララでは、一般市民の協力が得られないからだ。
それでもクララは習得したてとは思えない頻度で回復魔法を連発し、邸宅に向けて亡者を浄化し続けているようだった。
魔法の連発は精神的な疲労を伴う。
おそらくすでにクララは気力で魔法を使っている状態だろう。
合流し、1度邸宅で休ませる必要がある。
「ネージュ、大魔法で一気に活路を開く。生存者を邸宅周辺に集めて、1度状況の整理を行おう。このままではいずれジリ貧だ」
シクラメンの亡者だけならどうにかなる。
俺だけならキツかったが、クララが魔法使いとして合流した今なら清浄化は可能だ。
だが状況は悪化の一途を辿っている。
シクラメンに4つある城門のすべてが開け放たれ、破壊されているからだ。
外から押し寄せる亡者の群れが、俺たちの清浄化するペースを上回っている。
「分かった」
ネージュには大魔法によって一気に復活した人々を邸宅へと誘導してもらう。
ネージュの機動力を前提に、復活した人の中に再び亡者になる人がいることも分かった上での提案だ。
上空に舞い上がった俺は周辺の魔力を吸い尽くすような勢いで実現回復魔法、救済の雨を可能な限り広く拡散した。
霧雨のように降り注いだ回復魔法の中をネージュが動き出す。
「領主の邸宅へ。あそこは完全。周りにも伝えて」
パニックに陥っている人間には、とにかくはっきりと簡単な命令を与えることだ。
なにをすればいいか分からなくなっているだけなので、これをしろ、と言われると、むしろ何も考えずにそれを実行しやすい。
つまりどういうことかというと、ネージュの説得とも言えない説得は、彼女の神速の移動に合わせて、生存者の間で共有されていったということだ。
人々は今にも終わりそうな雨の中を邸宅に向けて移動を開始する。
中には自分の家に戻ったり、なんらかの理由で汚染された屋内に入る者も出てくるだろう。
それはもう避けられない犠牲だ。
今の霧雨を集めても大した量にはならないし、彼らが桶を用意していたわけでもない。
すべての命を拾うなんて傲慢だ。
俺は俺にできる範囲のことを淡々と熟す。
能力不足は反省しよう。
失敗は認めよう。
だけど俺はこの事態を引き起こした張本人というわけではない。
こういうことをやっていると、絶対に言われることを今回も言われている。
「どうしてもっと早く来てくれなかった」
「どうしてあの子を助けてくれなかった」
「どうして……」
「どうして……」
もし誰かが俺と同じような立場になったとしたら、こんなのは聞き流せばいいよ。
彼らが愚かなわけではない。
彼らが邪悪なわけではない。
ただ悲しみをどこかにぶつけなければ心を守ることができないだけなのだ。
彼らの大事な人を救えなかった救い手が、せめて彼らの心を守ってやれる方法がこの罵倒を敢えて受けることなんだ。
「勝手なことを言うな!」
だけど、大切な人を罵倒されたら腹が立つ。
そんな当然の感情に突き動かされてネージュは叫ぶ。
「お前たちがするべきは感謝だ! 救われた者がどうして救い手により多くを求めるんだ。なぜ自らが救い手足らんとしない! 大切な人を守りきれなかった己の弱さを他人に求めるな!」
「ネージュ、正論だけど、心は正論の通りには動かないんだ。正論を受け入れるのはとても大変だし、それは正しくない」
悲しい時は悲しんでいい。
いまこの悲劇の最中で、悲しんでいる暇は無いのは事実だけど、無理して頑張ってどこかで折れてしまうくらいなら、少しくらい立ち止まって、俺を罵倒するくらいのことで少し元気になれるのならそうして欲しい。
シルヴィとクララの安全を確保するために、多少の犠牲を前提に大魔法を放ったのは俺だ。
誰かを直接傷つけたわけではないが、再度亡者になる恐怖や苦しみを味わった者はいるだろう。
いま俺を罵倒する彼らの言葉が的外れでも、俺は誰かに罵倒されるだけのことはした。
だけど時間は本当に足りていないから、それを全部受け止めることはできないんだ。ごめんね。
俺は回復魔法を使っているクララと、その合間を狙って彼女を狙う亡者を躊躇無く切り捨てるシルヴィの元に到着する。
もしその亡者が生存者だとしても、止めになってさえなければ、クララの回復魔法で復活するという算段だろうけど、そこを躊躇無くできちゃうのが、最高にシルヴィだね。
「シルヴィ、クララ、お疲れ様。後は助けた人々を邸宅まで案内して欲しい。そうしたら1度休憩を取ってくれ」
「私はまだ行けます」
クララが両手を胸の前で祈るように握って言う。
シルヴィたち花嫁はウエディングドレスで聖女のような外見だ。
それは民に対して劇的に作用したし、それが無ければ民を統制することは無理だっただろう。
それに対してクララは貴族の服ではあるが、普段着だ。
顔立ちも整っているが、ずば抜けたものはない。
普通の貴族令嬢という感じ。
その普通の女性が、超常の力を、魔法を、俺の目から見ても異様なペースで、使い続けている。
彼女は、額に汗が滲み、目は充血し、呼吸は荒く、肩が上下している。
どう見ても限界だ。
「クララ、君の能力を疑ってはいない。実際にまだできるとも思っている」
「なら!」
「このまま君はあと100人を救える。だけどその反動でしばらく動けなくなるだろう。その時間があれば1000人が救えるんだ」
「それはアンリ様にお任せします。私は目の前の人々を、例え効率が悪くとも、今ここで苦しんでいる人を助けます!!」
「アンリ、彼女は正しくないけど、正しいわよ。やらせてあげて」
シルヴィは優しくクララを援護する。
「それに……」
シルヴィはそう言いながら振り返る。
「そんなクララだから、知り合いが1人助かったわ」
シルヴィが目線で示す先には1人の兵士がいた。
それはかつてシクラメンで案内を頼んだ現地人、ピエールだった。




