黄泉返りの魔王 60
成功した。
いや、成功しすぎた。
回復魔法が生存者を助け、亡者を殲滅するということ自体は喜ばしい。
思っていた以上に生存者が多いことも、僥倖だ。
だけど、同時にこうも思う。
生存者が多すぎる!
助けてしまった以上、一定の責任が生じると俺は思う。
亡者となりかけていた被害者を回復させ、正気を取り戻させたのであれば、彼らを救う努力をいくらかでも払わなければならない。
「これは、アンリ、どういうことなの?」
「回復魔法というのはプラス、つまり生命力に対して加算を行う魔法だ。亡者を生に対してマイナスの状態だと仮定したときに、そこに加算を行うことでゼロに近づけられるのではと思ったんだ。まさかゼロを超えてプラスにまで転じるなんて思ってなかった」
「あるいはマイナスになっていなかったか、ですわね」
「そうだな」
リディアーヌの推測は正しいと思う。
蠢く亡者は全部同じに見えるが、実際にはまだ死んでいない者が混じっているということだろう。
感染するかのように広がることと言い、つまり死者に至る病、ということなんだろうか。
接触などによって感染し、徐々に死に至る。
死ぬ前であれば回復魔法で生き返るし、死んだ後なら動かなくなる。
検証できるのが俺だけだから、この推測にどれほど意味があるのかは分からない。
「アンリ様、今の魔法はまだ使えますか?」
効果があるか分からなかったから範囲は控えめだ。とは言ってもこの規模の実現魔法となると消費魔力も多く、空間からはかなり魔力が失われた。
「連発は難しい。全力ならあと2,3発でしばらく魔法を使うのが難しくなる」
「では逆に継続的に今の奇跡の雨を降らせることは?」
「かなり範囲を狭めたらできる。半径100メートルくらいなら、なんとか」
今の一発はシクラメン全体を覆うにはほど遠い。
せいぜい1/10くらいだろう。
さらに効果が円形に広がることから、全体を網羅しようとするとかなり被りが出て、10回では絶対に足りない。
「それに物質化した回復魔法は直接触れないと効果が出ない。つまり屋内にいた亡者はそのままになっている」
「分かりました。私が降ります」
「危険が過ぎる。確かに生存者は思ったよりずっと多いけど」
「あの雨を浴びれば、死者は死者に、生者は蘇るのですよね?」
「ああ」
「アンリ様は継続してできる範囲で私に雨を降らせ続けてください。市民に雨を集めさせ、それを使って屋内の浄化をします」
「そうか!」
物質化した回復魔法だから、逆に言えば物理的に集めることもできる。
桶などに回復魔法を汲むことができるのだ。
それを市民たちが持ち運んで、屋内にいる亡者に振りかけることができる。
「シルヴィ、リディアーヌの護衛を頼めるか?」
「任せておきなさい」
「ネージュ、危険だと思うけど王子2人を探して欲しい。君なら亡者の群れを掻い潜っていけるはずだ。念のため、物質化した回復魔法をある程度、水袋か何かに入れていってくれ。亡者に傷つけられたら必ず飲むんだ」
「分かった」
「俺は上から雨を降らせ続ける。結婚早々、皆の力を借りることになってしまったけれど、どうかよろしく頼む」
というか、ちゃんと結婚が成立しているのかが怪しいまである。
いや、形式上は結婚式を行わなくとも本日付で結婚してることにはなっているはずなんだけど。
回復魔法を物質化して雨のように降らせ続ける魔法を構築し、実行を開始。
継続性を維持しようと思うと、やはり100メートル弱が限度だ。
これ以上大きくすると、周辺魔力がどんどん減っていっていずれ飛翔魔法すら維持できなくなるだろう。
その雨の中、俺は3人の妻を地上に降ろしていく。
太陽が強く差す中、虹を描いた空から純白のドレス姿の女性が3人降りてくるのは実に絵になるだろう。
彼女たちが降りる地表が地獄絵図なことも含めて、一枚の絵画になりそうだ。
空から舞い降りてくる聖女たちに気付いた生存者たちはすがるように彼女らに集まっていった。
それはほぼパニックであり、そのままであれば3人は助けを求める民衆たちによって引き裂かれたかも知れない。
だがその前にリディアーヌが声を張り上げた。
「聞け! フラウ王国第5王女リディアーヌである! 民よ。この救済の雨を集めて亡者たちに振りかけるのだ! 死者は死者に、命を繋いでいる者は蘇る。そなたたちがそうであったように! さあ、桶を手に取れ! 光を集めよ! 亡者たちを救うのだ!」
雨を集めて亡者に振りかけよ、という分かりやすい命令はパニックを起こしかけていた民衆を落ち着かせることに成功した。
従うにせよ、逆らうにせよ、彼らの勢いは一旦止まった。
そして落ち着いて考えてみれば、3人の美女は自分たちが近づくには畏れ多い存在だと気がついた。
リディアーヌたちの着地点には空白ができ、男たちが上着を脱いで地面に敷いた。
聖女たちを水たまりに着地させるわけにはいかないと思ったに違いない。
3人は地面に足を着いた。
人々は平伏し、救いの雨をもたらした聖女に感謝を捧げようとした。
「頭を上げなさい。今はするべきことをするのです。民よ、この雨を集めて行き、隣人を救いなさい!」
「それとこの水袋に入れて欲しい」
リディアーヌが扇動し、ネージュがさりげなく要求する。
シルヴィはコルネイユ家の宝剣をいつでも抜けるように構えている。
シクラメンへの水やりが始まった。




