黄泉返りの魔王 56
フラウ王国の結婚式には色んな形式があって、例えば庶民のそれはかなり日本で行われるガーデンパーティ形式の結婚式に近い。
教会の神父が誓いの言葉を確認して、それで成立という感じ。
だけど王族の結婚式となると形式がまるで異なる。
まず宗教関係者はお呼びではない。
公の立場として王国はどの宗教にも肩入れしていないというのがひとつ。
もうひとつは貴族階級で神を熱心に信じている者が少数派ということだ。
要は宗教は勝手に民の不満を解消してくれるありがたい組織なので、ちょっとお金を集めてるくらいは大目に見てやるかって感じ。
統治手段のひとつ程度にしか思っていないんだよな。
これは教育レベルの差が如実に表れている部分だと思う。
神の存在を否定しているわけではなく、勉学によって人間が神秘を感じる瞬間に対する理解が深まり、現象に対して神秘を感じる機会が減るということだ。
神様が実存するかはまた別問題だよ。
俺は天使さまに会っているからね。
だけどそれがこの世界の現存宗教の崇める神と同一とは限らないので、俺がするのはせいぜいちゃんと奉仕活動しているっぽい教会に寄付をする程度だ。
細かく説明していたらいつまでも続いてしまうので、端的に言ってしまうと王族の結婚式に宗教的要素は無く、神父はいない、ということだ。
会場は迎賓館でもっとも広い部屋にテーブルを縦列に並べてある。
ええと、ハリーポッターで生徒たち全員が集められるときの大広間を想像してもらうとちょうどいいかも。
あんな感じで座席が設置されている。
前方に近い席が身分が高く、後方に行くに従って下がっていく感じ。
中央に通路が広く用意されているということもなく、新郎新婦は前方左右の扉からそれぞれ入場する。
正面を向いて右側から新郎、左側から新婦の入場となり、今回は俺とリディアーヌがまず左右から同時に入場する。
シルヴィとネージュは、その順番で遅れての入場だ。
これは新婦の序列の扱いとして仕方がないことだな。
平等に扱うというのは俺が心の中で行うことで、公的にはそういう序列が存在することも忘れてはいけない。
楽団の音楽が止まったところで、召使いたちが扉を開け、俺は式場に足を踏み入れる。
一気に集まる視線にちょっとたじろぎかけたが、なんとか平静を装う。
楽団が穏やかな感じの入場曲を演奏し始める。
俺はゆっくりと前に歩を進める。
招待客の数を知ってはいたけど、その視線の半分近くを一気に集めると流石に足が震えそうになるね。
残り半分ちょいを集めているリディアーヌは平然としたものだ。
まあ、花嫁はヴェールで顔を隠しているからちょっと楽だよな。
そう思ってると招待客の目線があっという間にリディアーヌに集中して、俺は楽になった。
そりゃリディアーヌを1度見たら目が離せないよね。
しゃーないしゃーない。
前方の真ん中には椅子が2つ、前を向いて並んでいる。
その周りにも椅子が並んでいるが、中央の手前側が俺の席だ。
それぞれの後ろから付いてきた使用人が、双子なの?ってくらい同じタイミングで椅子を引き、俺とリディアーヌは着席する。
それを確認して楽団は曲を変える。
勢いのあるリズム。
打ち鳴らされる打楽器。
知ってたけど、勇壮すぎない?
この曲を指定したシルヴィが胸を張って堂々と入場してくる。
やはり使用人に椅子を引かれてリディアーヌの隣に腰を下ろした。
また曲が変わる。
フラウ王国では聞き慣れない民族音楽調というか、ネージュが口ずさんだ曲を作曲家が楽団用に書き直した曲だ。
大氾濫以前の記憶が無い彼女だけど、この曲はなんとなく覚えていたらしい。
それかネージュのことだから、適当に唄ってるだけかもしれないけれど。
静々とネージュが入場してくる。
招待客にため息のようなざわめきが広がる。
まあ、確かに幾ら美しいとは言ってもリディアーヌは普通の人間で、ネージュはまあ、綺麗ではあるんだけどまだ少女らしさが抜けてないし、体型的にも豊満なほうではないとは言え、隠されていない長耳が彼女の種族を明確にしている。
存在こそ知られているものの、実際にお目にかかる機会の無いエルフの登場に、人々は新婦のひとりがそうであることを知ってはいてもため息を漏らさずにいられないのだろう。
ネージュも使用人に椅子を引かれてシルヴィの隣の席に腰を下ろした。
「それでは本日の新郎新婦を紹介させていただきます!」
司会役が声を張り上げる。
そうしないと後ろの方まで声が届かないから仕方ないね。
俺が拡声魔法を使おうか? とは提案したんだけど、魔法のことをあまり知らない他国の使節が驚きすぎるかもしれないから、とやんわり拒否されたのだ。
「最初にご入場されましたのが、新婦、リディアーヌ第5王女殿下。そして新郎、アンリ・ストラーニ男爵閣下です」
身分差がありすぎるからどうしてもリディアーヌが先に紹介されるよね。
全然文句とかは無いよ。
そもそも男性を先に紹介する風習も変だしな。
身分差に統一するほうがよほど健全な感じがする。
身分が一緒の時は誕生が早いほうでええやろ。
紹介されているとき、俺たちはわざわざ立ち上がったりはしない。
ただニッコリを笑みを浮かべて招待客をそれとなく眺めるだけだ。
会釈すらしなくていいらしい。
「続いてご入場されたのがコルネイユ侯爵家シルヴィ嬢です」
シルヴィ嬢という言い方をするとなんだかちょっと軽薄な感じがするけど、これ英語で言うならミス・シルヴィという感じで日本語に変換しにくかっただけなんだ。
「最後にご入場されたのがエルフの里よりいらしたネージュ嬢です」
実際には追放だったと思うんだけど、物は言いようだよね。
あの位置だと見つかることはまず無いだろうから、エルフの里は今後も謎の存在のままになることだろう。
そうであって欲しい。
あいつらのせいでエルフは脳筋だと知れ渡ったらネージュも同じように見られて可哀想だし。
「それでは新郎アンリ閣下より来賓の皆様へ挨拶がございます」
俺はゲオルグ・フィリップ・テリスという長ったらしい名前の官僚に書かせた原稿を思い出しながら、その場で立ち上がる。
拡声魔法は使わない。
声量の調整はちょっと難しい。
招待客が出す雑音によって、ちょうどいい声量が変わってくるからだ。
「尊敬なる御列席の皆々様、本日は我が婚礼の宴にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
「この佳き日に、かくも多くの高貴なる方々、忠誠を誓う騎士たち、そして友誼を結ぶ諸侯の皆さまと共に時を過ごせることは、まさしく我が生涯における最上の喜びにございます」
「本日、私は三人の美しく聡明なるご令嬢リディアーヌ殿、シルヴィ殿、そしてネージュ殿を正妻として迎え入れる栄誉を賜りました。この婚姻は、単に私の新たな歩みを意味するだけでなく、諸家の結びつきをより強固にし、領地の安寧をもたらす誓約にほかなりません」
「特に、リディアーヌ殿を正室として迎え、その家門に婿入りすることとなりましたことは、私にとって大いなる責務でございます。王家の血筋に連なる方との縁は、私個人のみならず、多くの人々にとって新たな絆を生み出すものと確信しております。彼女は気高く、聡明でありながらも、誰をも公平に見つめる広き心をお持ちです。そのご縁に恥じぬよう、自らを律し、領地の繁栄と人々の幸福のために尽力する所存でございます」
「また、シルヴィ殿の勇敢さは、皆様もよくご存じのことかと存じます。彼女の剣は数多の困難を退け、時には私自身の命をも救ってくださいました。可憐な姿の内に秘められた強き魂に、私は何度も励まされ、導かれてまいりました。これからは、その背に守られるばかりでなく、共に歩む伴侶として、支え合っていくことを誓います」
「そして、ネージュ殿。彼女と初めて出会ったのは私が幼い頃でした。時が流れようとも変わることのないその姿は、私にとって常に変わらぬ安らぎであり、支えでありました。今日この日、長きにわたり家族のように想っていた彼女と、本当の家族となることができたことを、心から嬉しく思います」
「思えば、この日を迎えるまでに幾多の困難がありました。しかし、今ここに立ち、愛しき新婦たちを前にし、皆様の祝福を受けながら誓いを立てることができるのは、私のそばに立ち支えてくれた者の尽力と、友邦の温かき支えがあってこそでございます」
「私の誓いは誠実なるもの。いかなる困難が訪れようとも、我が新婦たちを慈しみ、守り、共に歩むことをここに誓います。この宴が皆さまにとっても喜びに満ちたひとときとなりますよう、心より願い、杯を掲げます」
俺は杯を手に取り、皆が同じようにするのを待った。
「皆さま、我が妻たち、そしてこの素晴らしき未来に、乾杯!」
「「「乾杯」」」
杯が傾けられ、強い炭酸が喉を抜ける。
参列者たちの顔に驚きが浮かぶ。
あちこちでざわざわとざわめきが起こる。
フラウ王国でこの強度の炭酸水を手に入れるのは物凄く手間だからこの趣向は相当驚いたに違いない。
まあ、重曹とクエン酸で作ったんだけど。
密閉容器だけ魔法で作りました。
要は発生する二酸化炭素をより多く、逃げないようにすりゃ強炭酸になるのよ。
あとグラスじゃないのと、杯の内側を可能な限り滑らかにすることで発泡を最小限に抑えました。
まあ完全に防ぐのは無理なので気付いていた人もいるっぽいけど。
咽せてる人がいるのは本当にごめんね。




