黄泉返りの魔王 52
「お前はアホなのか?」
国王に話をしてみるとそんな言葉で一蹴された。
「シクラメンが限界に達したところが分水嶺だ。お前を投入するとしたら、シクラメンが降伏以外に選択肢がなくなった時だ。帝国軍が大森林に侵入してみろ。お前はアドニス以外の大森林を消し飛ばしかねない。この国にとって大森林は貴重な木材の生産拠点でもあるのだぞ」
いや、流石にそこまではできませんよ。
大氾濫の時だって、ちょっと野球場くらいのクレーター作っただけやん。
「元よりお前を王国の意思で自由にできるとは思っていない。お前が王国に力を貸すのは精々親しい人が多いからくらいの理由であろう? 王国にできることは、お前の知己を王国に増やし、お前が自分の意思で王国に味方するよう誘導するくらいだ」
思いっきりぶっちゃけてきたな。
でもまあ、リディアーヌとの婚姻話も突き詰めればそういうことなんだろうし、ここまできたら開けっぴろげに言われても嫌悪感は無い。
「なんか扱われ方に困ってしまうのですが……」
貴族としての扱いではなくて、なんだろう。
核弾頭みたいに思われてそう。
「気にするな。過去の魔法使いとはそういうものであったのだろう? お前はまさしく魔法使いだ。そこは確かなことだ」
いやあ、獣のように生きたとされる魔法使いと同類って言われても嬉しくはないんだけど。
「お前の存在に王国は救われているが、頼りにしすぎるのも問題だ。金属書の記述が正しいのであれば、魔法使いの力は子に受け継がれないと見るべきで、お前はアミシヤの箱だ」
アミシヤの箱というのは願った物がなんでも出てくる不思議な箱のことだ。
偶然それを手にしたテミスという男が色んな望みを叶えていくのだが、調子に乗って王様に取引を持ちかける。どんな商品でも手に入れて献上するから王女をくれ、と。
だがアミシヤの箱から王の望んだ物は出てこなかった。
それどころか他のどんな物も出てこないただの箱に変わってしまった。
そしてテミスは王様を騙した男として処刑されてしまう。
そんな王国に伝わるおとぎ話だ。
「私の最後は断頭台ですかね」
「違う。お前がアミシヤの箱で、王国がテミスだ。お前の力を王国の力だと過信したとき、王国はいずれ破滅するということだ」
「なるほど」
確かに魔法の力は俺が個人で出力しているもので、核兵器のように最高指導者がそのスイッチを持っているわけではない。
国王は俺に形の上では命令ができるが、俺が必ず従うわけではないということも視野に入れているのだろう。
「確かに私の力を前提に物事を決めるのは良くないですね」
「王国の運営に関してはそうだ。ただ今回はシクラメンが落ちると王国が受ける影響が大きすぎる。大森林で止められなければ北方は飲まれる」
「王都は安全なんですか?」
「安全に絶対は無いが、直近は大丈夫だろう。略奪しながらの進軍にも限度があるし、東のことを気にしなければその辺りで止められる。北方は落ちるが、そこで止まるというのは私の見立てだ。そこで10年か20年、穀倉地帯を活用できるようになると、また欲が出てくるだろうがな」
まあ、東の蛮族は略奪してくるだけで領地を奪おうとはしてこないもんな。
最悪、対処自体を諦めるという手もある。
その場合、被害は甚大になるだろうから、やりたくはないだろうけど。
つまり俺が存在していなくても、今回のことだけで王国が滅んだりはしないし、その体で準備はする、ということだ。
「まあ、シクラメンが危なくなった時点で私が出ますけれど」
「それを前提にしたくない、というだけの話だ。将や兵には無駄なことをしていると思われるかも知れないが、兵を動かせば訓練にもなるし、悪いことばかりでもない。それより……」
国王が一度言葉を切って俺に目線を向けた。
「お前ちゃんと卒業できるんだろうな」
なんかお父さんみたいなことを言い出したな。
「必要な単位はほぼ取り終わっているので、来年の前期には卒業資格を得られる予定ですよ」
「だったら今年度に卒業だってできただろうになんでもう一年なんだ」
だってその方が楽なんだもん。
「もうそれで申請してしまったからいいじゃないですか。何が不満なんですか?」
「学院生を戦争に出したという事実を作りたくないのが表の理由。裏の理由はリディアーヌの機嫌だ」
「リディアーヌ殿下の機嫌が悪いんですか? いや、だとしてもそれくらいよくあることでは? いや、無いか?」
不機嫌なリディアーヌってちょっと想像できないな。
あの姫様はどんな状況でもそれを楽しめてしまうような感性の持ち主だと思っている。
「不機嫌な振りをして遊んでいるだけなのでは?」
「いくらあの子でもそんなことはしないだろ」
そうかなあ。
リディアーヌが本気で機嫌が悪くなるようなことってなにかあったっけ?
例えば国民が不当に害されるようなことについては怒るかもしれないけど、それを顔に出すかって言われると、うーん、って感じだ。
誰か個人に思い入れがあって、というタイプでもないんだよな。
彼女は自分と他人をとてもフラットに見ているように思える。
身分差や性差はあるけど、それぞれ同じ人間だよね。というか。
人の価値を値札ではなく、有用性で見るというか。
それも長期的な視野で見ている感がある。
例えばだけど、とある場所で働くのが苦手な人がいても、リディアーヌはそっと別の仕事を割り振るだけで、無能だと思ったりはしないだろう。
もしも何をやらせても駄目だったとしても、そういうものだとして役に立ってもらう方法を考えると思う。
俺がリディアーヌをどうしても苦手になりきれないのが、そういうところに好感を持っているからだ。
ただちょっとおふざけが過ぎることはよくあるよね。
「お前との婚姻が遅れているのが原因だと思っているが?」
「まさか。昨日今日の話でもないですし」
「いや、言い方が良くなかったな。とどのつまり婚姻が目に見える距離で逃げていく中、不安になったのではないか、ということだ」
「あー」
マリッジブルー的な感じか。
私の人生は本当にこれでいいのか分からなくなるヤツ……、かどうかは分からんけど、結婚って勢いなところあるから、じっくり考える時間があると悩み出すんだと思う。
リディアーヌは王族で恋愛結婚ができるなんて考えたことはないだろうけど、複数の婚約者候補がいる中で自分で選択もできないという状況が長く続いた。
バルサン伯爵もその1人だったわけで、あの人いい人なんだけど、風聞と見た目がな。
最終的には俺に決まるわけだけども、それがリディアーヌが望んだかどうかは別の話だし、なんならリディアーヌが誰かに懸想しているということもあり得る。
結婚が秒読み……月読み……年読みくらいになって、本当はあの人と、とか思っているのかもしれない。
「リディアーヌ殿下には誰か思い人がいるのかもしれませんね」
「はぁ? ……はぁ、そういうところだぞ。お前」
どういうこと?




