黄泉返りの魔王 49
サロンにはその形状を大まかに2つに分けられる。
つまり外部に開かれた解放型と、部屋という閉じられた密室型だ。
どちらにもメリットデメリットがあり、解放型は外からでも誰がいるのかを確認でき、会話の内容も漏れ聞こえる。一方、密室型は参加者を隠すことができ、何を話しているのかが漏れにくい。
王国北方領主貴族タカ派のサロンは部屋の中で行われていた。
つまり密室型である。
俺が1度だけノックして部屋に入ると、内容までは聞き取れないにしても外にわずかに漏れていた会話がピタリと止まって、少年らの目線が俺に向かった。
基本的にサロンは男女別に開かれるものであり、ここは男性の集まりだ。
「これはストラーニ閣下、ようこそいらっしゃいました。ご多忙だと伺っていましたが、今日はどうされましたか?」
そう訊ねてきた少年の顔には見覚えがある。
「君は確かシュテュアン子爵の、ええと」
「アレアスです。シュテュアン子爵家の三男坊です。覚えてくださっていたのですね」
ああ、そうそう。
アレアス・シュテュアンくんは俺よりひとつ年下の先輩だ。
爵位は高くなく、長男でもないから、彼自身の名は覚えていなかった。
「名前が出てこなくてすまなかった。なに、たまにはこういう集まりにも顔を出しておかなければと思っただけだ。特に今の時期はな」
学院内における俺の立ち位置は難しい。
一応公的には学院では身分の差は無いものとする、となっているが、完全に身分を無視をするヤツはただの馬鹿だし、学年によって上下だって生じる。
そもそも貴族しか入学できないわけだし、そんな公の言い訳になんの意味があるのか。
学院内では基本的には実家の爵位が優先され、続いて学年となるが、俺の場合、俺自身が男爵とは言え貴族だ。
学院に通っている者は基本的に貴族の子女だから、貴族そのものではない。
身分差を考慮するのであれば、貴族当主は子女よりも上だ。
なので俺は敬語ではなく、かといって尊大でもない態度を取らなければならない。
「そうですね。いま僕らは結束しなければなりません。あまり考えたくはありませんが、戦争で間違いがあれば、僕たちはいきなり当主に、ということもありえるわけですから。ストラーニ閣下がこうして足を運んでくださったのは僥倖です。当主のお話を聞ける機会なんてそうはありませんから。席に空きはあります。お好きなところにどうぞ。別にどこに座っても構いませんよ。ここはそういう試験を課すような場所ではありませんから」
ああ、確かにその可能性もあるのか。
試験の話ではなく、俺が切り札として出し惜しみされる以上、味方に被害は出るということだ。
貴族の当主だって絶対安全というわけにはいかない。
俺はそう思いながら、空いている席のひとつに歩み寄る。
「まあ、その前に私のことを知らない者はいないと思うが、会うのは初めてという者もいるだろうし、自己紹介しておこう。東のストラーニ領を治めるアンリ・ストラーニだ。これだけ聞くと東方貴族の集まりに顔を出せと思われそうだが、私の出身は大森林の街道上にある小さな村で、ストラーニ伯爵によって見出され養子となったから、性根の部分が北方寄りだ。そういうことで参加を許して欲しい」
アレアスくんが口火を切って拍手を始め、他の子どもたちも手を打った。
気を遣わせてごめんよ。
拍手が止むのを待って俺は着席する。
すると入れ替わるようにアレアスくんが音も無く立ち上がった。
え? 椅子を鳴らさないように立つの、どうやんの? 後で教えて。
「では僕らにも自己紹介をさせてください。出世頭のストラーニ閣下に顔と名前を売れる好機ですからね。先ほども申しましたが、シュテュアン子爵家の3男、アレアスです。5年生ですので冬が終わるともう卒業となってしまいますので短い期間ですが、こうしてストラーニ閣下と言葉を交わせて幸いです。きっと将来自慢の逸話になることでしょう。今日は接待役を務めておりますが、毎回というわけではありません。きっと僕の日頃の行いが良かったんですね」
茶目っ気たっぷりに冗談を言うアレアスくん。
ちょっと俺の周りにはいないタイプだな。陽の者だ。
特別イケメンというわけではないけど、愛嬌があって周りから可愛がられていそうな感じがする。
ちょっとくすんだオレンジ色の髪の毛は短いウルフカットになっていて、活発そうな印象を受ける。
体格を見る限り、運動系はそれほど得意ではないかもしれないけど、この世界ではそういう常識通用しないからな。
シュテュアン子爵家は小麦を取り扱う商人からの成り上がりだったかな。
今でも北方で生産される小麦のとりまとめを行っている。
昔はかなりがめつくやっていたようなことを聞いたことがあるが、最近は誠実に仕事を熟しているらしい。
それが功を奏してか、最近子爵に陞爵された。
最近とは言っても貴族の世界の最近だから、もう何十年か前の話だけどな。




