黄泉返りの魔王 46
「領地の人口は増加。出産による自然増に加えて、流民もいるのか……」
流民というのは移民とは厳密には異なっていて、どこからやってきたのか分からない人のことだ。
重税に耐えかねて逃げ出してきた人もいるだろうし、罪を犯して逃げてきた人もいるだろう。
人が増えること自体は歓迎なのだが、治安の悪化は避けたいし、王国では領民の移動は制限されている。
日本みたいに気軽に引っ越しはできないということだ。
領主間でやりとりをした上で、民を移動させること自体はよくある。
例えば開拓をしたいが人手の足りない領地と、都市部などで失業者が増えているが、適切な働き口が領内にないような領地が近くにあった場合などだ。
まあ、王国では人の管理がずさんなので、僻地にある農村まで領主が正確な人口を把握しているわけではない。
領地によってはうちの領地のように人頭税を取るために人数を把握しようとしている場合もあるが、農村みたいな小さなコミュニティでは子どもが生まれても報告しないという例が多々ある。
人頭税の支払いを逃れるための場合もあるし、なにかしら村の風習みたいなものが関係している場合もあるけどね。
まあ、根本的に国境とは違い、領の境目は検問があったりするわけではなく、防衛戦力がいるわけでもない。
禁止されているだけで実際に移動するのはさほど困難ではないということだ。
実際にこうして俺の治める農村に人が増えているわけだしな。
「で、この手の人員はどうしてるんだ? 物乞いになったりしてないか?」
「とりあえず確認できた人員のうち、男は道路整備に、女は織物をさせています。子どもがいる場合には学校にも行かせていますが……」
まあ、フィラールのすることだから間違いでは無いのだろう。
俺の裁可も必要ないと判断したに違いない。
最後、ちょっと言葉が濁ったのは、子どもを可能な限り教育するという俺の方針に従ったものの、不服であるという表明だろう。
というか、失業者として農村に居座られるのが一番困るので、さっさと対処してくれたのは本当にありがたい。
この国の農村の人たちって基本おおらかだから、外から来た人でも困ってるとすぐ助けて、なんなら匿っちゃうのだ。
これまで流民が大きな社会問題になったことがないからだと思うのだが、この世界って伝聞くらいしか情報を伝える手段が無いものだから、情報の伝わり方に凄くムラがある。
まあ、うちの場合は農村3つなので、誰かをやって流民がいたら報告するように伝えさせたら済むんだけど。
「衣類はいつでも需要があるから織物はいいとして、道路整備が終わった後に働き口が必要だな。開拓が多少難しい場所であっても開拓してもらうしかないか」
当然ながら新しい産業がぽんぽぽんと湧いて出てくるはずもなく、農村3つでできることと言えば農業くらいのものだ。
「水路の造成とか俺が手伝うこともできるけど」
「おやめください」
デスヨネー。
「アンリ様が手伝うことで開拓が早まり、農産物が早く得られるという利点はありますが、同時に水路の造成という仕事を彼らから奪うことになります。良い点と悪い点が同じくらいだとすれば、領主であるアンリ様が彼らのために働くという事実を作りたくありません」
ここは意見の分かれるところだとは思うのだが、フィラールは領主のために領民が存在していると思っている。
別にこれはこの国では間違いでもなんでもない。
人権なんて意識はまだ無いしな。
一方でリディアーヌは王族でありながら国民のために貴族がいる、という考え方だ。
俺には好ましく見える一方で、王としては脆弱かもしれない。
民がいれば国はどうでもいい、という考えだと、攻めてくる敵の考え方によってはより民が傷つく結果になるかもしれない。
攻めてくる相手にもまた人権なんて意識は無いのだ。
「時々農業を手伝ってるけど?」
「あれは交流が目的だと分かっています。それも好ましくはありませんが、アンリ様が力を使わずに農作業を知るのは良い経験だと思い、あえて苦言を呈しておりませんでした」
なるほど。
領民との交流を図るのは、まあ許容範囲内。
領地での仕事を知ることは良し。
ただし仕事を奪ったり、手伝いすぎてはいけない。
それがフィラールの許せるラインらしい。
「となると道路整備が終わったら水路整備か。それはまあいいとして、それでも流民が増えすぎるのは問題だよな」
「ええ、なにせ届け出のある住人の総数が214人です。流民はすでに35人。危険水域です」
これ以上の流民が流れ込んでくると、いずれ以前からの住人たちが少数派に切り替わる。
王国は民主主義国家ではないから、多数派であることの重要性はそれほど高くないが、それでも軋轢は予想できる。
「流民だけを集めて村をひとつ新設するとか?」
「それ自体は悪くない考えだと思いますが、解決策とは言えません。流民が流入し続けるとすれば、領で最大の村が流民村ということになりますよ」
「確かに……。だが流民を追い払えばいいというものでもないだろう? 周辺領主に恨まれる」
ストラーニ領を目指してやってきた流民が追い出された結果、隣接する地域の治安が悪化したとなれば、恨まれるのは俺だ。
「それにしたってどうしてこんなに流民が集まってくる?」
「それはアンリ様が資金を大量に投じて事業を推し進めているからですよ。結局、金の臭いのするところに人は集まってくるのです」
「ああ、道路整備で外からも人を集めたからか……。となると外部から人を集め続けるのは良くないな。道路整備事業が一段落したところで雇い止めだ。その後の水路整備は領内の人員で進める」
「それでも噂は噂を呼び、人はこの地を目指すでしょう。なにか抜本的な対策が必要です」
うーん、案はあるんだろ。出せ。って言ったら答えてくれるだろうけど、それはなんか悔しいな。
最終的に修正されるにせよ、素案はこの頭からひねり出したい。
「流民の中から犯罪者を割り出すことはできるか?」
「難しいですが、調べることはできるでしょう。過去に犯罪で捕縛の経歴があれば入墨があるはずです」
それだと刑期を終えて心を入れ替えた者も対象に入ってしまうが、今回の場合は多少の悪評が立ったほうが都合がいい。
ストラーニ領に行くと、犯罪の経歴があっただけでヒドい目にあう。くらいの評判でもいいはずだ。
流民が入るのを完全に止められないにせよ、その数を減らし、犯罪者が来なければまだマシだ。
「片っ端から捕縛し、一所に集めて逃げ出さないように管理。労役を課す。それを終えた者はストラーニ領の民として認めよう。犯罪歴が無くとも、今後領内で発生した犯罪についても、犯罪者の対応は同様のものとする」
悲しいかな、農村3つでは警察組織も無い。
犯罪があったとしてもそれぞれの村で私刑が行われるだけだ。
いや、一応、領主って裁判官的な役割もあって、領内で起きた犯罪を裁かなければならないのだけど、普通は代理人を立ててその業務をやらせる。
ただこれまでこのストラーニ領では必要が無かっただけだ。
「良い考えだと思います。犯罪者の捕縛と、それを収監する施設の運営管理に人が必要なことを除けば、ですが」
「うーん、どうしようかな……」
俺の中に案は2つ。
外注するか、あるいは自分たちがこれを事業化して周辺地域に売り込むか、だ。
「流民たちを徹底的に調べ上げて、シロだったものを刑務官として使おう。自分たちが疑われる原因を作った相手に優しくしようとは思わないだろう。流民の問題は流民を使って解決する。さらに領内に限らず重労働に犯罪者を活用し、対価を領が得るものとする。場合によっては周辺地域が持て余した犯罪者の管理をウチが請け負ってもいい」
「事業化する、と?」
「犯罪者を引き受けて感謝され、労働力を提供して対価を得る。この管理監視は外からやってきた者たち自身にやらせ、領はいいとこ取りだ」
「実際的な犯罪者の割合が出てこなければなんとも言えませんが、一挙両得には思えますね。何にせよ流民たちを徹底的に調べ上げることには賛成します」
むしろお前がしたかったのはそれだろ、と思わないではいられないが、口に出すほど愚かではなかった。




