黄泉返りの魔王 45
「アンリ様は領民に甘すぎるのです。いいですか、市民、農民というものは余裕があれば仕事をせずに、金があれば遊んでばかりいる。そんな連中です」
言い過ぎだとは思うが、フィラールの言うことも間違いでは無いんだよな。
人頭税がある以上、せめて一年単位では計画的に金銭を使って欲しいと思うのだけど、中々そうはいかない。
なにせこれまで農産物で税を納めてきた人たちが、それをウイエで金に換え、好きな物が買えるようになったのだ。
ぱーっと使っちゃうのも分かる。
なので前回は人頭税の払えない農民が続出した。
制度が変わったということもあって、支払い猶予期間を設け、ひとまず3年以内に払えば良いということにしたが、果たしてどうなるやら。
財産の差し押さえとなると手続きも面倒だし、換金にも時間がかかる。
だがこのままでは懲罰的に何人か悪質な者の差し押さえが必要になるかもしれない。
なんか結果的に領民に借金を作らせて、身ぐるみ剥がすみたいなことになってる気がする。
それって領主として全然得じゃないんだけどな。
領民にはどんどん稼いでもらって納税してもらうのが健全だ。
「その余裕があれば遊ぶという意識から改善したいんだけどな」
別に馬車馬のように働け、というわけじゃない。
俺が望むのは領民の生活の安定だ。
今は領民の生があまりにも農産物の出来具合に左右されすぎている。
フィラールの指が胸ポケットのレンズの縁をなぞる。
垂れたくすんだ銀色の鎖が揺れた。
彼が考えをまとめるときの癖だ。
この仕草の後はキツい言葉がくるんだよなあ。
「その考えを理解はしますが、時間がかかります。途方もない時間が。地道に教育を施していけばいずれはそうなるでしょう。しかし今です。いま税収をどうにかしなければなりません」
「そんなに急ぐことかな。俺の資産は十二分にあるんだし、収支だって時間をかけて改善していけばいいんじゃないの?」
「本当にそれでよろしいんですか?」
やだなあ、その聞き方。
間違ってるなら間違ってるってその場で教えて欲しい。
本当にそれでよろしくはないんだろう、つまり何かを間違えているということだ。
ええと、領地の収支は俺からの貸し付けが大きな負担になっている。
それがなくとも赤字だが、この場合フィラールが問題にしているのは俺からの貸し付けだと思う。
俺は回収できなくてもいいけど、例えばこれを貸し付け状態のまま相続が発生したりすると、王国法ではどうなるんだっけ?
子どもはまだいないけど、結婚自体は近々することになるだろう。
配偶者がいれば相続は発生する。
そして貸しているお金は、債権であって、相続財産だ。
つまり俺の配偶者は農村3つに対して、この貸付金の返済を迫ることができる。
でもこの場合、村に返済能力が無い責任を取らなきゃいけないのは領主だから、循環して問題無さそうな。
あ、いや、俺は配偶者が複数になる予定だ。
債権は分割されて、複数人が権利を持つことになる。
そうなると領主を継いだ者は、他の者に支払いが発生するだろう。
細かいことは王国法を確認しないとなんとも言えないが、とにかくややこしい事態になる。
「貸し付けにしてるのが問題なのかな。贈与か、寄付にできない?」
勝手に貸し付け処理をしてたのはフィラールなんだけどな。
「寄付であったことにしてよろしいですね?」
贈与とも言ったんだけど、寄付を押してくるってことは言質を取りたかっただけか。
「いいよ。元々返ってくるお金だと思ってないし」
「ありがとうございます。遡ってそのように処理させていただきます」
「フィラール、どういうことだったのかを確認してもいいか?」
俺がそう訊ねると、フィラールはふっと表情を緩めた。
どうやら寄付として処理するのも、確認を取るのも問題のない選択肢だったようだ。
「……貸し付けには利息を加算することができます。領地に資金を貸し付けて、長く利息を貪る領主も存在します。難点は、この行為が王国法では完全に完璧に全く瑕疵が無いということなのです」
「私財を増やすということか? だけどそれになんの意味がある? 領主は領地のお金を使うことだってできるだろう?」
「可能です。可能ですが、民は不満を感じますし、帳簿にも記録が残ります。それに本来は貴族の財布と、領地の財布は別の物という扱いですので、厳密には領地のお金を領主が個人的に使うことはできません。ですが、この方法であれば領地の資金を自分の財布に移動させることができるのです」
「領地のお金と、領主のお金は別か、そういや、そんなことを習ったな。でも公務に使う分には構わないんだろ? 領主は自分の屋敷に客を招くこともあるし、社交や視察も公務のうちだから、生活のほとんどを領地の資金で賄っても問題が無いのでは?」
「ええ、ですが実際的にはその上限額が爵位に合わせて定められております。男爵ならこれくらい、伯爵なら、公爵なら、とそれを超えた分は自己負担となるのが通例です」
「通例ってことは、法律で定められているわけではない?」
「その通りです。罰則はありませんし、状況によってはどうしてもその範囲に収まりきらないこともあります。ですが、収支報告書は財務省で審査され、資金の使い方に疑義が生じたと判断された場合、調査が入ることもあります。この調査はかなり厳しく見るんですよ」
元徴税官の言うことだから事実なんだろう。
「つまり通例の基準を超えなければ調査に入られることはない、という認識でいいのか?」
「必ず、とは言えません。調査官という役職を置いている以上、もし誰も上限を超えていなかった場合に遊ばせておくわけにはいかないですから。そのときは目立つ家や、あるいはそれこそくじ引きのように選んで調査に入る場合もあります」
「こっわ。入られてもいいようにしておいてくれ」
「そのようにさせていただいております」
まあ、この点についてはフィラールが間違えることはないはずだ。
「じゃあ次は人口動勢か」
俺は次の報告書を手に取った。




