黄泉返りの魔王 41
翌朝、フリュイ共和国に飛んで戻ったふりで転移した俺は羊の大統領を相手に食料の供与が可能なことを伝えた。
「つきましては、食料供与の見返りについて確認をさせていただきたいのですが……」
「アレクサンドラ姫へ密かに協力するだけでは足りませんか? こちらは貴重な士官を失う危険を冒すのですから、それはご配慮いただきたい」
それきた。
「公式ルートで供与を求められた以上、なんらかの見返りをいただかなければ王国の立場が無くなります。少なくとも表向きは支払ったことにしていただきたいです」
少しでも払ってもらわなければ、王国のメンツが傷つくから、王国からすると求めないわけにはいかない。
この切り口ならばどうだろうか。
「おや、その発言はつまり我が国の帳簿に食料を買い付けた記録を残せば、実際的にはそのお金が動くことはないと認識してよろしいですか?」
だがあっさりと実際的な無償供与に舵を切られてしまう。
こちらとしてはお金が多少は動いて欲しいのだ。
完全に言葉選びを間違えてしまった。
「帳簿では適正な価格で買い付けたことにしていただきたい。実際的には半値ではいけませんか?」
「我が国も懐具合が暖かいとは言えません。寒い国ですから、せめて懐は暖めておきたいところですが……」
いや、ゆーて、買ったことにしたお金は一旦国庫から消えて裏金になるんでしょ?
だったら半値でも十分じゃない?
「考えても見てください。アレクサンドラの支援に必要な資金はどこから出るのでしょうか?」
大統領が言う。
ふむ、難民たちには金が無い。
だが彼らが武装し、訓練し、戦うためには金が必要だ。
本来は寄付を募るところなのだろうが、アレクサンドラたちへの支援は事実上、帝国への宣戦布告のようなものだから、共和国の人間が寄付を行うとは考えにくい。
それをする者は、帝国に追われて共和国に流れ着いた上で成功した者くらいだろう。
ゆえにアレクサンドラたちの支援のために共和国は裏金を使わなければならない。
「アレクサンドラたちの成功は共和国の利益になるからこそ、閣下もこの作戦に賛同されたのでは?」
「それはそうですとも。だからといってオスカルの腹袋から金は出てきません」
ネスカルって動物は、地球で言うところのカンガルーみたいに腹部に袋があって、そこで子育てを行うのだが、子育てをしないオスにも腹袋がある。
そこから【空っぽ】だというときにオスのネスカルを略してオスカルとし、オスカルの腹袋という表現を使うことがある。
日本語として表現するに当たってすんごい意訳されてることはご理解いただきたい。
大統領の言うことが本当かどうかは分からないが、今回の食料の供与分で作る裏金によって必要資金を賄うというのであれば、むしろ提案に乗るべきだとも思える。
だがそれでは王国が大損をする。
なにか損失を減らすだけでもいいから、アイデアが降ってきてくれたら。
「金が流出するのは厳しいですね。金なら良かったのですが」
ん? いまなにか聞き捨てならないことを大統領が言ったような。
「金に余裕がおありで?」
「共和国はこの通り、食料生産には向かない土地です。その代わりと言ってはなんですが、鉱物資源が豊富にあります。基本的に共和国は鉱物を売って、その金で食料を得ているんですよ」
「では鉄はいかがですか?」
「鉄鉱石ですか? それともインゴットで?」
王国の製鉄技術は高いとは言えないし、鉄鉱石では量がかさばる。
「インゴットでいただけたら嬉しいのですが」
「ふむ。もちろん対価によりますが、可能ですよ」
よし、食いついた。
「では、こういう案はいかがでしょう? 我々フラウ王国はフリュイ共和国に対して食料を提供します。その代わりにフリュイ共和国はフラウ王国に対して金と鉄を提供してください」
「それでは裏金が作れないのではないですか?」
「これは物々交換ではありません。フリュイ共和国は食料の正当な対価をフラウ王国に払ったことにする。この分を共和国の裏金とします。フラウ王国は金属類の対価をフリュイ共和国にちゃんと払います。少なくとも共和国側の帳簿と金庫にズレは出ませんよね?」
「裏金をちゃんと持ち出していればそうなりますね。ですが、王国にとっては益が無いのでは?」
「そうでもありません。帝国と没交渉になった今、王国が金属類を手に入れるには西側から買い入れるしかありません。こいつが高い上に質が良くないのです。そんな西側が売ってくる鉄の中でも、フリュイ共和国産の鉄はとても質が良いと聞いています。まあ遠くから運んできたもののため、値段も相応に高くなるのですが」
「直接取引なら手間賃を取られずに格安で金属を購入できるということですか」
「ええ、食料の取引で利益は出ませんが、産地から直接金属を買い入れできれば、本来必要だった金属類の購入費用が浮きます。無理をしない程度に割引いただければ、私はさらなる協力にも応じるかも知れません」
天秤のバランスは取れた。
完全に均衡というわけではないが、片方が床にまで落ちているということはない。
共和国の望みである食料と裏金作りは果たされるし、王国は直接的な金銭は得られないが、入手の難しい金と鉄をこれまでよりずっと安価で手に入る。
これは単純に金銭的利益より入手が難しいものだ。
ついでに俺を売り込むことで、この取引が継続されたら尚のこと良い。
安定供給される金属に王国はずっと飢えてきた。
物のやりとりには俺が出張らなければならないが、格安にする条件が俺の協力だとすれば、共和国に行ったついでに収納魔法に入れられる。
「ちょうどいま、鉱山の崩落現場での救助作業が難航しているところなのですが、力をお借りしても?」
「それはつまり取引成立ということと考えて構いませんね?」
「細かい条件は官僚たちに任せるとして大筋では合意に至ったと考えます」
俺たちは手を差し出して握手した。




