黄泉返りの魔王 36
山中にあった町での暖かな時間から、さらにいくつかの町を経由して、俺たちはフリュイ共和国首都ハレニカの上空に到着した。
国王からもらった報告書には【泥でできた街】とあったが、なるほど、建築物は土壁で漆喰が塗られている。
フラウ王国では多くの場合、石材を積み上げ、モルタルで補強するが、フリュイ共和国では木造建築に土壁を作り、漆喰を塗るのが基本のようだ。
この建築過程を王国の人間が見たのであれば、確かに泥で建物を作っている、という表現も出てくるかもしれない。
屋根も雪で覆われていてよく分からないが、たぶん西洋瓦が使われている。
これも泥というか、粘土を焼き固めて作るので、やはり泥が原材料だ。
王国では屋根材として天然スレートが使われるので、生粋の王国民だとどうしても不思議な作り方をしているように見えるんだろうな。
いつものことだが、俺たちは町中の人目のないところにそっと降下した。
降りてくる途中は目撃されているかもしれないので、ささっと場所を移動する。
共和国の町は城壁が無いところがほとんどなのだけど、その分、衛兵が頻繁に巡回しているところが多い。
俺たちが持つ公式の身分証は、フラウ王国が発行するそれぞれの実際の身分を証明するものだけだ。
つまり俺は王国男爵、アレクサンドラはアルブル帝国の皇女だとフラウ王国が保証するものだ。ネージュはフラウ王国の賓客だから、なんかあったら王国が黙ってないぞ。みたいなことが書いてある。
なんか一番扱い良くない?
いや、別にいいんだけど。
今回は急な出立で、しかも当日中の到着が命令なので、偽の証明書は用意していない。
偽装工作をするなら大陸西側国家の商人として西側からの入国が無難だっただろう。
ただしその場合はおそらく数週間程度の時間が必要だ。
今回は共和国にいる難民をまとめあげ、練兵し、帝国と戦えるようにしなければならないため、わずかな時間でも惜しい。
アレクサンドラが失敗した場合、帝国が王国に攻め込んでくる可能性が高い。
俺が戦場に出れば負けはないのだが、どうも国王は俺を切り札としてとっておく算段のようだ。
つまり戦争になった場合は通常戦力がとりあえず出陣する。
こちらの人員に犠牲者の出る選択だ。
なぜそんなことを、と思わないではいられないが、俺がひとりで解決してしまうと国内のパワーバランスがおかしくなる、というのは分かる。
俺に叛意は無いが、そういう連中の神輿にされる危険性はあるのだ。
「誰かに見張られてたりはしない?」
「……今のところは大丈夫。ただ好奇の目は感じる」
ネージュがそう言うのならそうなのだろう。
俺たちが着ている防寒着は王国製のもので、それほど防寒性能は高くない。
こっそり魔法で暖めているから平気だけど、そうしなかったら寒さで震えているだろう。
町中を歩いている人たちが着ているのは、俺たちのものよりずっと分厚い。
フードを被っている者が多いが、獣人種が多くいるように思う。
多民族国家だとは知っていたけど、獣人が堂々と表を歩けるのはいいことだ。
それでも違和感があることは否定できない。
俺が単一民族国家である王国に染まっているからだと思う。
「帝国で防寒着を買っておくんだったな」
なんでも魔法で乗り切るとこういう弊害が出てくる。
「……むしろ好都合なのではないでしょうか。余所者がやってきたと噂が先に出回っていれば、帝国皇女が亡命してきたという話が公表されたときに信じる根拠になります」
ちょっと遠慮がちな言い方だったが、アレクサンドラはそう言った。
「ああ、そうかもしれない」
こんなでも民衆をどう扱うか、帝王学みたいなものを学んでいるんだろう。
こんなって失礼だな。
でも最初の印象がまだ拭えてないんだ。
「とりあえず王城に向かおう。……王城でいいんだっけ?」
「大統領官邸ですわね」
「ま、まあ、とにかく人に聞いてみよう」
俺たちは道行く人に幾度か話しかけ、大統領官邸についての情報を得る。
どうやら空から見たときに一番立派に見えた建物は図書館であって、大統領官邸ではないらしい。
フリュイ共和国は国策として世界中の書籍を集め、ハレニカの図書館内で閲覧を国民に許しているのだという。
ただし持ち出しは一切禁止で、閲覧も書見台で行わなければならない。
出入り時には厳密な荷物チェックがある。
その代わりに書くものを持ち込んで、本の内容を写すのは構わないらしい。
貴族は存在するものの、有力な市民が地方を治めることもあるから、国民の教育に力を入れているのだという。
と、道で適当に話しかけた人が熱心に話してくるくらいだから、図書館の存在はハレニカ市民にとってとても大きいものであるようだ。
みんな大統領官邸のことそっちのけで図書館の話をしてくるもん。
それでもなんとか大統領官邸の場所を聞き出せたので、俺たちはそこに向かって歩き始めた。




