黄泉返りの魔王 31
「荷台に戻って、縁に掴まれ!」
自分と4人を同時に飛翔させるより、馬車一台を飛翔させるほうが技術的には簡単だ。
必要魔力量は増えるけど、誤差程度でしかない。
魔法馬は邪魔になるので消えてもらう。
全員が縁にしがみついたのを確認して馬車を飛翔魔法で持ち上げる。
よくアレクサンドラは指示に従ったな。
他の3人が割と必死に動いたので釣られたのだとは思うが。
兵士たちの槍が届く寸前で、馬車は空に舞い上がる。
弓兵たちが慌てて背負った弓の準備に取りかかっているのが見えたので、高度は300メートルくらいまで上げる。
流石にここまで矢が届くことはないだろう。
「なんですかこれ、なにが起こってるんですか!?」
アレクサンドラは絶叫を上げながら完全にパニックになっている。
他の3人は往路で飛翔魔法の経験があるから落ち着いたものだ。
「あんまり騒いでると落ちるぞ」
あくまで持ち上げているのは馬車であって、4人には何もしていない。
馬車から転げ落ちたら、そのまま自由落下してしまう。
一応、馬車の後部を魔法障壁で蓋しておくか。
だけど魔法障壁は目に見えないので、恐怖心を和らげる効果はない。
「結局飛んじゃうなら、どこか誰にも見られてないところから飛んで帰ればよかったな」
「可能であればアレクサンドラに知られたくありませんでしたから」
アレクサンドラの悲鳴をBGMにリディアーヌがちょっと声を張って言う。
まあ、帝国に返すつもりの人質に、あまり情報知られたくはないわな。
「もうこのまま王都に帰ります?」
「そうですね。帝国が攻めてくるにしても春になってからだとは思いますが、こちらも準備期間が必要ですし、王都に向かっていただけますか?」
「承知しました」
というわけで、俺たちは進路を王都に向ける。
帰還はまだ何日も先の予定だったが、飛翔するなら何時間かで到着できる。
えー、っと、この絶叫を何時間も聞き続けるのはちょっと辛いな。
と、思っていたが、全力を絶叫を何時間も続けられるわけもなく、アレクサンドラは数分もしたらぐったりとして、叫ぶ気力を失っていた。
その体はシルヴィが支えていなければ、後部の魔法障壁のところまで転がっていたことだろう。
いくらなんでも体力無くね? と思ったが、リディアーヌも結構辛そうにしていたので普通の貴族女性はこんなものなのだろう。
シルヴィがちょっと参考にならないだけだ。
リディアーヌにはネージュがついて、その体を支える。
上手いこと役得やってんなと思ったけど、リディアーヌは本当に余裕が無いようで、ネージュとの接触を楽しんでいる様子は見られなかった。
スピードが速いのがよくないんだろうか。
彼女らはあくまで飛翔魔法の効力を受けている馬車の上に乗っているだけだ。
もちろん空気が同じ速さで流れているわけではないので、彼女らは正面から強い風を受ける。
それこそ馬車の縁に捕まっていなければ振り落とされるほどだ。
言うて、今は出口を魔法障壁で防いでいるから大丈夫だと思うんだけど、あー、でも風が流れてるということは、普通に出口が空いてるってことだもんな。
天井の幌側は密閉されているとはとても言えない。
そちらに体重がかかれば、あっさりと突き破って、後は自由落下だ。
「ちょっと角度を調整してみようか」
今は馬車が地面に対して平行になっているが、進行方向に向けて傾きをつける。
風による後進ベクトルと、斜面によって前方に転がり落ちようとする前進ベクトルが均衡を取れたら、感覚としては普通に馬車に座っているだけになる、のかな?
「ひぇぇぇぇぇ、いやぁぁぁぁぁ!!!」
アレクサンドラが再び悲鳴を上げだした。
「……私でもこれはちょっと怖い」
ネージュが怖いと言うなんて相当だ。
「アンリのことは信用してるけど、落ち着かないわ」
シルヴィもか。
ということは車体を傾けるのは無しだな。
俺は車体を水平に戻した。
だが水平では再び風圧が彼女らを襲うことになる。
俺は魔法障壁をいくつも重ねて、進行方向だけ空いている状態にした。
全面を塞ぐと魔法障壁同士が干渉して消えてしまうため、どうしてもいずれかの面を空ける必要がある。
多分なんだけど、進行方向側に蓋がなくとも、他の全面が覆われていたら、空気は入ってきにくいんじゃないかなと思ったのだ。
「これでどうかな?」
「できるんなら最初からやりなさいよ。もう」
シルヴィが安堵の息を吐きながら言った。
平気そうな顔をしていたが、それなりに負担だったようだ。
まあ、パニックを起こしたアレクサンドラを取り押さえつつ、馬車の縁に捕まっていたわけだしな。
女性陣の長い髪が軽く揺れる程度にしか風は入ってきていないようだ。
これならもっと速度が上げられるな。
「どれくらいの速さがお好みかな? 王都まで最短で3時間くらいだと思うけど」
「最短でお願いします」
リディアーヌも結構限界みたいだ。
早く地上に降りたいというのが見て取れる。
「ねえ、今からでも普通の飛翔魔法に変更することはできないの?」
「あっちのほうが怖くない? 足下とかなんもないし」
「体が保持されてる感覚があるから平気なのよね。今は自分の体を自分で支えてる状態だから気が抜けないのよ」
飛翔魔法の時は気を抜いてたんだ。
さすシル。(さすがシルヴィさんの略)
これは流行りそうにないですね。




