黄泉返りの魔王 29
それ以降、アレクサンドラは通り過ぎる帝国の町の様子を見つめては何かを考えているようだった。
リディアーヌが深く踏み込まないので、アレクサンドラが何を考えているのかまでは分からない。
彼女をどう王国のために利用するつもりなのかも、当人が目の前にいるので聞きにくいしなあ。
リディアーヌはどうも他人に期待しすぎるところがある。
自分ができる程度のことなら、他人にもできるだろうと思っているのだろうが、貴女は運動以外、大変優秀なんですよ。
だけど学院生活を思い返してみれば、彼女は自分が褒められるのは王族だからだと思ってる節があったな。
実際にそういう側面もあっただろうが、彼女自身の優秀さを褒めているのだと誰も伝えきれなかったのだろう。
そんな感じで表には出さないけど、自己評価低めの王女様ができあがったのだと思う。
そんな彼女だから、他人にはどうしても自分以上を期待してしまうのだ。
その辺、シルヴィが悪いよ。
出来の悪い取り巻きだったシルヴィが魂喰らい事件を通じて、結果的に留年したとは言え、今ではリディアーヌよりスペック高いからな。
体型は、ほら、成長期がこれから来るよ。たぶん。
あれでリディアーヌは誰かに追い抜かれる、ということを知って、それを普遍的なものだと勘違いしたのだろう。俺の勝手な想像だけど。
なのでアレクサンドラを無知と言いつつ、彼女の成長性に期待しているのではないだろうか。
だろう、ばっかりで申し訳ないが、こっそりリディアーヌに確認するにも、今はずっと4人一緒だから、タイミングがな。
まあ、アレクサンドラを無為に死なせるような計画で無ければ、リディアーヌに反対する気は無い。
どこまでが無為で、どこからが有為なのか、という議論は起こるかもしれないが。
俺たちはもう帝国の外縁部、辺境とも言える地域に差し掛かっている。
組織的な妨害があるとしても、あと1回か2回というところだろう。
国境の町であるオルムにはシクラメンに対抗するための軍勢がいるはずで、それが最後の障害になるはずだ。
まあ、ぶっちゃけ町を迂回してもいいんだけど。
他の町は地形的に難しかったが、元々は穀倉地帯のオルム周辺ならどうにかなる。
そう思っていた。
だが、3日後、オルム周辺地域に到着した俺らが見たのは、完全に布陣した帝国軍だ。
それはオルムから帝国内部側に向いており、シクラメン方面への出兵が目的ではない。
俺たちに対する布陣だ。
しかも完璧に準備が終わっているということは、何日も前から準備を開始していたに違いない。
「早馬は追いつけないはずなのに、どうして……」
「あら、アンリ様、意外なほど初歩的な見落としをしていますよ」
「え?」
「伝書鳩ですわ」
あー! 普通の伝書鳩は自分では利用したことが無いから完全に忘れていた。
なんなら魔法で鳥を生み出して便りを届けるのは自分でもやっていたのに!
「どうする、アンリ? 迂回路も塞がれているわ」
帝国軍の布陣は横列。
列に厚みは無いので突破は容易に思えるが、接近する場所に向かって左右から兵士が集まってくるに違いない。
「行商人の振りをして通り抜けられないかな?」
「難しいでしょうね。人数、積み荷、疑われる要素ばかりです」
「積み荷に関しては、収納魔法の中身でなんとかなると思いますが……」
人数も収納魔法で隠せるが、その事実をリディアーヌやアレクサンドラには隠しておきたい。
俺の転移魔法、飛翔魔法、収納魔法を合わせると、上空に突如現れて降下し、敵の市街に軍隊を出現させられる。
俺単体だと破壊はできても制圧は無理なので、占領には町の規模に応じた戦力がどうしても必要だ。
「強行突破は難しいですか?」
「死者を出さないように、という条件付きでは」
魔法障壁+反重力魔法のコンボは、相手の数が多すぎると詰まりを起こすであろう問題点がある。
まあ、それでも魔法障壁を抜かれることはないと思うのだが、足下の隙には気付かれるかもしれない。
「ではアレクサンドラさんの出番ですわね。アンリ様は馬車の装飾を戻してください」
えー、布はあるけど、また模様とか描くの?
消さなきゃよかった。
着替えを出して、全員が着替えた。
リディアーヌとアレクサンドラはドレス姿、シルヴィは戦闘に耐えられるようにパンツルックだ。
ネージュはスカートでいいのかな?
武器を隠しやすい?
なるほどなー。
「どこを抜けますか?」
「正面です。交渉しなければなりませんから、オルムに入るつもりでいきます」
「攻撃してきたときの対処は?」
「アレクサンドラさんの首を落としましょうか」
「ひっ」
「冗談です」
冗談言ってる顔じゃないんだよなあ。
「落とすならまず腕あたりが分かりやすくていいですね。人質を死なせたら人質じゃなくなりますし。大丈夫です。痛いですけど、アンリ様がいますから死にはしませんよ。全力で泣き叫んでくださいね」
「ぴ……」
アレクサンドラが固まってしまった。
いや、これは本気で言ってますね。
俺もドン引きですわ。
リディアーヌの悪いところが出てんなあ。
お忘れかもしれないが、このお姫様、ドSとドMを併発しているのである。
救いを求めるようにアレクサンドラが俺の顔を見る。
「切り飛ばされた腕をくっつけたことはあるから、大丈夫だ。シルヴィなら綺麗に切断してくれる」
「私がやるの!?」
いや、他に適任がいないもん。
「嫌よ。抵抗できない子の腕を切るなんて」
「シルヴィ」
「リディアーヌ様がご命令されるのであればやります。ですが、私はやりたくありません。その気持ちは言わせていただきます」
「そうですか。困りましたわね」
リディアーヌはシルヴィに命令することもできる。
だけど意に沿わぬことをやらせたいと思っているわけでもない。
そういう感性はちゃんと持っているのだ。
「……私がやる」
ネージュが静かに言った。
「私はできる」
それに対して誰かが何かを言う前にリディアーヌがパンと手を打った。
「では、そういうことで」
そういうことになっちゃった。




