黄泉返りの魔王 28
帝都の城壁内部、つまり帝城の盛況っぷりは、帝国の地方都市と真逆である。
ひとつの集落がきちんと統治されているかどうかの指標は色々とあるが、領地貴族の一人としてなにかを挙げるとすれば、集落の中心部で失業者を見かけるかどうかだ。
領主というのは領民の移動をある程度コントロールする権限を持つ。
強権を発動することを恐れないのであれば、領民を強制的に移住させてもいいのだ。
ゆえに領主が適切に労働者を配置しているのであれば失業者の数は少なくなる。
都市部になるとコントロールが難しくはなるが、公共事業などで働き口を作り出すことはできる。
働き口が足りていて、労働できる健康状態にあるのに労働しない連中は一定割合でいるが、こういう連中をまとめて拘束し、開拓村に送り込んでも許されるのが領主である。
つまり失業者が集落の中心部で見かけられるのに、対処していないのはその領主が怠慢か、無能か、あるいは元々対処するつもりがないと言える。
そして帝国では帝都から離れるほど失業者の割合が増える傾向にある。
全体的に高いので、あくまで傾向ではあるけどな。
そして特徴的なのが、帝都から離れるほど失業者に気力が無いのだ。
なんなら帝都の失業者なんて精力的に人を襲ってたからね。
治安どうなっとんねん。
これは俺の感覚的なものだが、帝国という国が維持できているのは中央においては軍が強力だからであり、地方においては国民が諦観に囚われているからだ。
王国では国民からどうやって徴税するかは領主に委ねられている。
重税を課す領主がいないわけではないが、少なくとも領民と領主は近しく、領主は領民の状態に合わせて税の調整ができる。
生かさず殺さず搾り取るか、領民に配慮して必要最低限の徴税に治めるかは領主次第なのである。
なお俺は別に後者が正しいとは思わない。
領民のためを思って、と言えば聞こえがいいが、結果的に領民に舐められている領主が存在するのも事実だ。
俺? 俺のところはいいんだよ。後でいただくために太らせてる段階だから!
経済は成長させるほど徴税できる額が増える。
なんなら借金してでも経済成長をさせたほうが、金回りは良くなる。
何故なら領主は物品やお金の動きに対して課税できるからである。
すごく簡易的に言うと、領民の収入の20%を徴税するとして、その領民が年200万稼いでいるのと、2000万稼いでいるのでは、俺のところに納税される金額は変わるよね。ってことだ。
まあ実際には農産物を物納させるので、例えとしては適切ではないのだけど、現代日本風に分かりやすく言えばそういうことになる。
追加で言うのであれば、その市民が収入をすべて買い物に使うと仮定する。
200万収入の領民であれば160万の、2000万収入の領民であれば1600万の買い物をする。
その分、商店は儲かるから、領主は商店の収入に対しても課税できる。
さて商店の売り上げが160万なのと、1600万なのはどちらが納税額が大きくなるかな?
さらに商店が納税後の収入を仕入れや、店主の生活に使うわけで、おやおや、またまた課税できちゃいますねえ。
実際には流れを堰き止めて、貯め込もうとする人が出てくるし、そう簡単な話ではないのだが、あくまで例え話として、経済規模が大きい方が領主に入ってくる税金も多くなるというのは分かってもらえたと思う。
領民から搾り取れるだけ搾り取ると経済の規模が縮小してしまう。
領主がしなければならないのは、金の循環を滞りなく、より大きくすることである。
領民の安定した生活と経済規模の拡大、これらを両立させるためには、銀行の設立も視野に入ってくるな。
領民には貯蓄を勧めつつ、そうやって集めたお金から借り入れて公共事業をぶん回せば、領内だけで経済規模拡大できるんじゃないかな。
俺の領地農村3つだから無理か。
しかし俺の資金力に頼っている今は不健全だから、どうにかしたい思いは前からあるのだ。
とりあえずは農業効率の改善と、商業力の強化だな。
農民一人当りの食料生産力が上がるほど、農民の収入は増え、人手を他の職に回せるのだ。
大事なのは労働者一人当りの生産力の向上、生産性の向上である。
上昇した収入が労働者にきちんと行き渡れば自然と経済は成長、活性化する。
別に1年2年でどうこうしようとは思っていない。
そもそも教育が効果を発揮し始めるのはずっと先の話だろうしな。
話が逸れたが、俺は領民に未来を夢見ることができる統治をしたいと思っている。
だが帝国各地の領主たちはそう思っていないように見える、ということだ。
帝国の領民たちは未来どころか、現在を生きるのに精一杯で、それすら奪われ、尊厳を傷つけられ、もはや生きることすら諦めてしまっているように見える。
それでも腹が減るから仕方なく動いているだけだ。
「アレクサンドラ、これが帝国の一般的な光景だ」
そこそこの規模がある都市の目抜き通りだというのに、路上には失業者らしき人々がたむろし、その間を進む馬車には誰も目をくれない。
振り返るとアレクサンドラは肩を震わせながら、それでも言われた通りに目を逸らすまいとその光景を目に焼き付けている。
「……人々がまるで不死者のよう……。帝国の支配者はさながら黄泉返りの魔王と言ったところでしょうか」
死体が動き出す魔物である不死者は話には聞いたことがあるが、まだ対峙したことはない。
戦場で発生しやすいとは聞いているが、根本的に俺の周りで人死にが起きてないからな。
火葬か土葬すると不死者にはならない、とも聞くが、理由までは知らない。
火葬のほうはそりゃそうでしょって感じではあるけどね。
それでも死体が動き出すというそのインパクトから、よく人々の口に上がる魔物ではある。
「アレクサンドラさん、彼らはちゃんと生きています。魔物に例えるのは皇族としての品格を問われますよ」
リディアーヌはなんかアレクサンドラには厳しいよね。
人質に選んだの貴女ですよ。
「失言でした。……彼らを生きる幽鬼に変えた責任は私にもあるのでしょうね」
「もちろんです。そして皇族が民について無知なのは罪です。彼らから搾り取った税で、貴女の暮らしは支えられているのですよ」
そう言えばリディアーヌは子どもの頃から社会見学に熱心だったな。
市民の暮らしについても興味津々だったし、意見もちゃんとしてた。
考えてみればこの厳しさも優しさだ。
だって切り捨てる前提なら厳しくする必要なんて無いしな。
つまりリディアーヌは王国の国益にアレクサンドラを利用することを考えている?
あれ、やっぱり厳しいな。




