黄泉返りの魔王 27
「念のため言っておきますが、王国としてはアレクサンドラをアンリ様のところに受け入れさせるのはできかねます」
まあまあ当然のことをリディアーヌが言ってくれる。
「ただ王国王室が帝国皇室と縁続きになること自体は歓迎できます。正式な輿入れでしたら、ですけど。亡命してきた皇族を表沙汰にした上で輿入れさせるなら、最悪の場合、一族郎党が連座されてもいいような家、ということになるでしょう」
そんなの受け入れる貴族はいないよ!
「まあ、ここからわざと隙を見せて危ない場面を演出し、アレクサンドラはそれで死んだ、と王国側から声明を出すことはできるかも知れません。最終的な決定権は国王陛下にありますけど、先に布石を打っておきますか?」
聞かれてもな。
俺たちの中で決定権を持つのはリディアーヌだ。
「演出といっても実際の危険もある。絶対に安全だとは言えないが、その上でアレクサンドラ、君が望むかどうかを知りたい」
「……どの程度安全に配慮していただけるかを考えると、あまりやりたくはないですね」
まあ、アレクサンドラが実際に死亡しても王国は帝国の襲撃によって死んだと主張できると考えると、彼女からしてみればやりたくない演技になるだろう。
「俺としては君を無駄死にさせるつもりはない」
「意味があるなら死んでも構わないということですよね、それ。いえ、貴族なのだから当然の考えだと思います。それを非難することは私にはできません」
「まあ、もしかすると、ということもありますか」
リディアーヌが意味の分からない呟きをこぼす。
「王国への途上で帝国の町をいくつも通り抜けることになりますが、アレクサンドラさん、その目を見開いて帝国の各地がどうなっているのかをはっきりと見てください。貴女の処遇について決めるのは国王陛下です。私たちではありません」
「え、あ、はい」
分かりにくいけど、リディアーヌなりの助け船っぽいな。これ。
意図までは分からないけど、アレクサンドラが帝国の地方を知ることが関係しているらしい。
幸い次の町はもうすぐだ。
如何に魔法馬が牽引する馬車だとは言え、馬車の性能で速度に限界はある。
早馬には敵わないはずなので、おそらく俺たちはとても大きな歓迎を受けるだろう。
「馬車の装飾を変えて偽装するとかできませんか?」
「どうです? リディアーヌ様。実行自体は難しくありませんが」
「入市時に検問があると意味が無い気もしますが、無い場合もありましたし、やるだけやっておきましょうか」
町が見える丘から、町が見えない場所まで移動して馬車の装飾を変更していく。
各種意匠の入った布は無地に。
馬などにかけていた飾り布も撤去。
サスペンションは、分かりにくいからそのままでいいか。
元の状態に戻すのが面倒だというのもある。
「ん~、綺麗に塗りすぎたか」
そう呟いて汚し作業を始めようとすると、王国女性3人組から待ったがかかった。
「これは本当に良い布なので、魔法で最初からぼろ布をだしてください」
ええー、物質化かそうでないかで、使う魔力量全然違いますけど、どっちなんですかね?
言うて魔力は外から持ってくるので、自分の労力の問題ではあるけども。
そう思いながら収納魔法をあさってみると、案外ボロ布が収納されている。
あー、ネージュの力で物質化してた魔物って、人型だと布とか巻き付けてたよね。
そういうのが死体とは別のアイテムとして収納されているようだ。
だが形が馬車にぴったり合うかと言えば、そうではない。
「誰か裁縫はできないかな?」
途端に静まりかえる殿下とエルフ、それを一瞥してため息を吐くシルヴィ。
「やったことはないけど、できると思うわ」
シルヴィはかつて魂喰らいとして多くの魂を吸収してきた。
その時に蓄積された知識や技は、すべてではないが、今も彼女に残り続けている。
つまりこの公爵令嬢、庶民のできることは大体できるのである。
太い糸は収納魔法にあったが、針は無かったので魔法で作る。
どうせ使うのは今だけなので物質化はしない。
それをシルヴィに渡すと、彼女は手際よくボロ布を継ぎ接ぎにしていった。
そうしてできあがった幌を馬車に被せると、いかにもと言ったボロ荷馬車にしか見えなくなった。
「後は服ね」
「そりゃそうか」
いくらボロ荷馬車でも乗ってる客が上質なドレスを着ていたら台無しである。
ネージュとシルヴィの平民に見える服を収納魔法からぽいぽいと荷台の中に出す。リディアーヌの荷物は、と。
「私の分は衣装鞄ごと出してくださいませ」
この殿下に恥じらいとかあったんだ。
などと失礼すぎることを思いながら、注文通りにリディアーヌの衣装鞄を取り出した。
問題は着替えなど持っているはずもないアレクサンドラである。
身長的にはリディアーヌに替えの服があれば着られそうだが、どこぞのサイズがね、違いすぎてね。
アレクサンドラが無いってわけじゃないんだ。
リディアーヌが圧倒的すぎるんだよ!
「殿下は市民に扮する用の衣装を複数持ってきていたりは……」
「無いですね」
「あー、シルヴィさん」
「はいはい」
シルヴィが別途取り出したネージュの服にハサミを入れて縫い直す。
手際良すぎぃ。
アレクサンドラはネージュよりは一回り以上背が高いので、スカートの長さがミニスカみたいになっていたり、胸のところが切れ込みが入って、なんというか、とても、とても凄いことになっていたが、商売お……、市民っぽい服装になった。
それでも4人とも高貴さを隠し切れていないので、髪を乱したり、化粧を落としたりして、ようやく市民っぽくなる。
ネージュさんは別に高貴な生まれでも無いのにどうして高貴さを隠しきれないの?
なおリディアーヌは……、うん、諦めた。
生粋の王族が過ぎる。
皇女なのにそれなりに芋っぽくなったアレクサンドラを見習ってください!
抑止力としてアレクサンドラを連れてきたのに、身分を隠すのはどうして? と思われるかも知れないが、抑止力の行使は最終手段であって、使わずに乗り切れるならそれが一番だからだ。
このまま馬車旅をする若い女性たちと御者という体で乗り切れたらいいんだけどね。




