黄泉返りの魔王 26
「まあ、あくまで帝国が滅んだ場合の話です。陛下もそこまでやるつもりはないでしょうし、帝国が戦争を吹っかけてきても、領地の割譲要求はしないでしょう。シクラメンからさらに領土を北に広げるのは現実的ではありませんし。まあオルムを確保すれば、穀倉地帯を開墾できるかもしれませんが」
でもそうなると大森林北の王国領土が独立できるだけの食糧自給力を手に入れるということでもあるから、王国としてそれはしない、ということだろう。
シクラメンには王国本土からの食料に頼らなければならない、という状態でいてもらわなければ困る。
「しかしアレクサンドラの亡命を許せば、王国は戦争への大義名分を失います。周辺諸国はあまりいい顔をしないでしょう」
つまりどちらにせよ敵味方問わず人が死ぬ。
目の前で自分の未来に怯えて震えている女性を犠牲に捧げることで、王国が得られる利益は国際社会でのメンツである。
だがそのメンツは国を守る最初の防壁でもあるのだ。
「殿下、リディアーヌ殿下、貴女は最初からこうなると分かっていて、彼女の身柄を?」
「いいえ、帝国皇帝が皇族の娘を見捨てるとまでは思っていませんでした。そこは明確に私の失敗です。まだ交渉ができるものだと思っていましたから、少なくともあの場でアレクサンドラを引き渡すつもりでした。しかし帝国皇帝が殺してもいいと言った瞬間、彼女の命運はそういうことになりました。積極的に助けるつもりもありませんが、結果的にこうして連れてきたおかげで彼女はまだ生きているのですよ」
「あの、表向き私は死んだ、ということにはできませんか? 食客とは言いません、名前を変えて下女扱いで構わないので」
「貴女を死なせたとあれば王国は帝国に謝罪が必要になります。相応の利点を貴女が提示できるというのなら話は別ですが……」
まあ、あんまり期待できる感じではないよな。
帝城での人間関係なんかは分かるかも知れないが、外のことはなんも知らんみたいだし。
「こっ、これでも偉大なる皇帝陛下の直系です。この血に価値はありませんか?」
アレクサンドラがそう言うと、リディアーヌは深々とため息を吐いた。
「さっきも言ったように、それは価値と同じくらい、いえそれ以上の危険を背負うことになるんです。もう帝国になにかあったとして、死んだことになっていたアレクサンドラ姫が王国で生きていた、というのは、それで利益があるのってむしろ帝国ですわよね。王国は疑惑の目ばかり向けられることになります。とは言え……」
リディアーヌは一呼吸置く。
「王国貴族との間に男児を設けて、その子を王国に引き渡す、ということであれば、一考の価値はあるやも知れません」
ひっど。
それは流石に鬼畜の所業では?
「そ、それでも構いません。帝都に戻れば、私を待っているのは確実な、……死です」
行くも地獄、戻るも地獄、というわけか。
なんか誘拐の実行犯として罪悪感を覚えてしまう。
「決めるのは私ではありません。国王陛下です。提言をするくらいはできますが、約束はできかねますので、ご了承くださいませ」
「承知しています。どうか、どうかお願いいたします」
というわけでアレクサンドラの身柄については、一旦王都に戻るまでは保留となった。
状況からして自分から逃げ出したり、こちらに害を加えることもなさそうなので、拘束も解く。
俺たちは南に向けて馬車をひた走らせた。
寒さが肌を刺し、天気の悪い夜には雪がちらつくようになってきた。
収納魔法から防寒具を出して、皆に配る。
空気を暖める暖房魔法みたいなのはあるにはあるのだが、馬車の構造上風が抜けるので、空気を暖めたところですぐに吹き流される。
どちらにしても防寒具は必須だった。
「魔法、というのはどういう原理なのですか?」
旅の途中、アレクサンドラがふと聞いていた。
俺たちにも慣れたのか、最初のようにビクビクと怯えているわけでもなくなってきた頃合いだった。
「原理と言われても、なんと言えば良いのかな」
俺はあまり良い教師ではない。
アデールもすぐに魔法が使えないって俺の弟子を辞めちゃったし。
でも魔法は俺の一番の長所なので、語って聞かせたい気持ちは常にあった。
誰も詳しいこと聞いてくれないしな。
「魔法の元というか、燃料みたいなものは、空気に含まれているんだ。便宜上、俺は魔力と呼んでいるけど、今の言葉で正式な名称というのは特にないな。これを変換器を通して魔法に変える。変換器は俺の肉体と精神だ。こういう結果を生みたいと頭の中で考えるのではなく、正しく変換する機構を生み出さなければならない。例えば水をお湯に変えたいのだとして、熱するように考えるのではなく、水をお湯に変える変換器を心の中に作らなければならないんだ」
言い終わってから早口オタクになってしまったと気付いたが、アレクサンドラは意外と真面目に聞いている。
「水の無いところからいきなりお湯を出すことはできないんですか?」
「できるけど、変換器は全然違うものになるね」
「ではその変換器を通した結果を魔法と呼んでいるものの、実際的にはその変換器こそが魔法なのですわね」
「そうなのかな。そうかも」
「では、なぜ貴方だけが魔法使いなのでしょう? 変換器をその心に作ることができればいいのですよね?」
「それがどういうものなのかを人に伝える難しさもあるかと」
「アーンーリー!」
ごすっとシルヴィに背中を叩かれる。
グーパンやんけ!
「なにか思惑があって話をしてるのかと思って聞いてたら、あんた、魔法のこと喋りたいだけでしょ」
「うっ……」
だって魔法の使い方について興味を持ってくる人って案外いなかったし。つい。
「あのね、こいつのほうはアンリに情を持ってもらうためにそれっぽく懐に入り込んでいるだけなの。こんなので絆されて決断を間違えちゃ駄目よ。アンリはもう領地貴族なのだから、守るべきなのは自分の領地、領民であるべきなの」
「分かってるよ。ただもう戦争自体は避けられない状況で、大義名分のために死なせるくらいなら、なんとか生きて王国のためになる選択肢を見つけられないかって思うんだ」
「でもそうすると、王国はアレクサンドラの亡命を認めなければならなくなる。王国民にとって、帝国の姫君を守るための戦いって士気が上がると思う?」
「……告示の仕方次第だと思う。アンリとアレクサンドラは国という垣根を越えて恋に落ちた。身分もなにもかも捨てて、アンリに嫁ぐため王国へ亡命してきた帝国の姫君。両国の平和を願う彼女に、帝国はその首落とせと軍隊を差し向けてきた。ってことにするのはどう?」
ネージュ、なんで君はすぐに俺のハーレム要員増やそうとするのん?
間に合ってます。間に合ってるんです。
「ポンコツ年上お姉さん属性はこれまで欠けてた」
まあ、確かに年齢を確認したら俺たちより年上だったけど。
「皇女が追加ァ!? リディアーヌ様と序列どうすんのよ」
「……2位じゃ駄目なの?」
「あたしが3番になるじゃないの」
そういう問題かな?
シルヴィがそうなら別にいいんだけど。




