黄泉返りの魔王 25
ネージュの索敵能力を頼りに帝都を馬車で駆け抜ける。
こちらの速度が帝国の伝達速度を上回ったのか、途中から兵士による妨害は無くなったが、おそらく無差別の襲撃を何度か受けた。
まあ、難なく対処したんですけど。
帝城のある敷地内を帝都、その外側に広がる巨大な市街地をサンタル・ルージュと呼び分けることに決める。
意味があるかは分からないが、仲間内で認識を共通させておきたかった。
魔法馬の利点は上り道で最大限に発揮される。
なんせ100馬力あるので、速度が落ちない。
まあ舗装路ではないので、そういう意味では減速している。
いくらサスペンションがあると言っても、衝撃吸収能力には限度があるからだ。
南側の山を登り切り、下りに入ったところで俺は意図的に最大速度からペースを落とした。
「一旦、逃げ切ったとみていいでしょう」
振り返って言うと、一同から緊張が緩和する。
ネージュだけは最終確認のように周囲に気を配ってから、弛緩したけど。
というか、アレクサンドラも緊張が解けたみたいになってるのなんでなん?
小走りくらいのペースで魔法馬を走らせつつ、ここでは偽装する必要もないかと思い、御者台から後部に乗り移る。
「え? え?」
アレクサンドラが俺と空の御者台を交互に見て目を丸くする。
「ああ、魔法馬は道を自動で走るように設定してある。こう見えて俺とは繋がっているから、判断するような場面では俺から指示が出せる。ええと、つまり御者台に乗ってる必要は無い」
アレクサンドラは明確に疑問符を顔に浮かべていた。
じゃあなんで御者台にいたんだろうって声が聞こえてきそうだ。
説明するのも面倒なので、別にいいか。
「まずは状況を明確にしておきましょう。帝国皇帝に交渉の余地はなく、どうしても魔法使いが手元に欲しいようでした。おそらくは魔族との戦争が思わしくないのでしょう。なにかご存じですか?」
きょとんとしているアレクサンドラ。
さてはこいつポンコツだな。
「魔族と戦争、していますの?」
はい、確定!
ちょっと早すぎるんよ。
リディアーヌと目が合う。
魔法で自白させますか?
いいえ、本当になにも知らないのでしょう。
言葉にはしないが、なんとなくそういうやりとりが行われる。
「アンリ様のことは捕縛、私とアレクサンドラさんについては殺害も止むなしという態度でした。このことから分かるのは、帝国は魔族と王国の両方と戦争する余力があるということです」
「余力があるのに魔族には負けている?」
「魔族との戦いで、数ではない何らかの戦力差があるのでしょう。魔族側に兵を増やすよりも王国方面に手を伸ばしたほうが利があるのではないかと」
まあ、相手が魔族だからそういうこともありうるか。
帝国の騎士は相当に強力だと思うんだけどな。
「……あるいはアンリの魔法に期待している」
「王国を臣従させればアンリ様も手に入る。そう考えている可能性はあります。実際国が斃れるときに鞍替えする貴族は少なくありませんし」
「皇帝は最初からそれが目的だったってことですか」
「使者を送ってきた時点ではそこまで期待していたわけではないと思います。ですが、続報で意見を変えたようですね。帰らずの迷宮のことも知られていましたし」
「つまりアンリを戦力に組み込めれば魔族に勝てる。そのためにアンリを含む王国を打倒する。リディアーヌ様、矛盾していませんか?」
「王国に勝てると思っている部分は、まだアンリ様のことを過小評価しているのだと思います。組み合わせの問題なのではないでしょうか? つまり魔族を相手に数を増やしても勝てないが、魔法使いが加われば勝てる、というような」
リディアーヌがちらりとアレクサンドラを見たが、彼女はぽかーんとしている。
あかん。人質以外の価値がないぞ。この娘。
流石のリディアーヌも額に手を当てて考え込んだ。
「アレクサンドラさん、貴女は自分が置かれている状況をどう考えますか?」
「わ、私ですか。……その、終わって、ますよね?」
その返答を聞いてリディアーヌはにっこりと笑う。
「続けて」
「あ、え、偉大なる皇帝陛下は私を、フラウ王国との開戦理由にしようとお考えのようです。こうして貴方たちに一旦捕えられた以上、どのような形で私の身柄がアルブル帝国に戻されたところで、辱められ、首だけが送り返された、ということにするでしょう。つ、つまり私が助かる道は王国への亡命しかありません」
お、おう。
身の安全にだけはやたら頭が回るな。
「し、しかしフラウ王国にしても私の身柄があること自体がアルブル帝国に侵攻の口実を与える危険をはらんでいます。今後の展開としては私を人質にフラウ王国まで戻った後に、正式な使者が私をアルブル帝国に送り返すのではないですか? 私はアルブル帝国で殺され、フラウ王国へ宣戦布告が行われますが、少なくともフラウ王国は他国に自分たちは正式に皇女をアルブル帝国に送り届けたと主張ができますよね」
へへっ、とアレクサンドラは自嘲気味に笑う。
え? そうなるの?
そう思ってリディアーヌを見ると、うんうんと頷いている。
リディアーヌのことだから、アレクサンドラを人質に取ると決めた時点で、そこまで考えが及んでいたはずだ。
「ちょっと待った。殺されると分かっていて送り返す? そんなのは……」
正しくない、と思う。
だけどそれでより多くの人が犠牲になる可能性がある。
王国の民が、だ。
貴族と言うのはいざという時に率先して国を守るために動くという前提の下、民から税を受け取っているのだ。
だけどさ。
「アンリ様、よろしいですわよ。お気持ちのままに続きをどうぞ」
「……王国の貴族は王国の民のために命を惜しむべきではないと思う。だけど彼女は王国の民に対して責任を負わないはずだ。だって他国の姫なんだから……」
感情を隠すためのその場凌ぎの論理だったので、どうしても口調がしどろもどろになってしまう。
「ですが、戦争になればこちらの民が殺されますし、あちらの民を殺さねばなりません。少なくとも王国の正当性を担保するために、他国の犠牲には目を瞑る必要がありませんか?」
言い返せない。
少なくとも理屈では。
俺は1回目を瞑って、自分の考え、というよりは思いを確認した。
「でもそれじゃ自分が胸を張れない。敵兵でも武器を手放したら無闇に殺したりはしないだろ。戦争回避ではなく、ただ王国の正当性を主張するためだけに、抵抗もできない娘を犠牲にすることに本当に正当性があるのか?」
「正当性、というのは勝者が決めることです。まあ、アンリ様がいる以上、王国に負けはないので、どうしたところで正当性は王国にありますが……」
「が?」
リディアーヌがとんでもないことを言っているような気がするが、一旦スルー。
「アレクサンドラを確保したままとなると王国が帝国を討ち滅ぼした後に統治のための血筋として皇女を確保したというように他国が捉えかねません。帝国を飲み込むにしろ、アレクサンドラを傀儡として帝国を属国にするにせよ、周辺諸国は王国を危険視するようになりますよ」
スルーしなきゃ良かった。
もっととんでもないことを言い出したぞ。
後者だと、もうそれ事実じゃないですかね。




