黄泉返りの魔王 23
立ち塞がる騎士たちを次々と氷漬けにして俺たちは進む。
最初に目指すのはネージュやシルヴィとの合流だ。
あちらにも手が回っているだろうから、なんか騒ぎの中心を探せばええやろって思ってたけど、目下のところ、自分たちが騒ぎの中心なんだよなあ。
しかし帝国騎士は後続が次々と現れる。
もう結構な数を行動不能にしたと思うが、帝城にいる騎士の全てがこちらに集まってきているようだ。
たぶん謁見の間にいた連中が最精鋭なんだろうけど、あんまり強さの差は感じない。
俺からすると全員弱いってのもあるけど、ある程度の練度は誰もが持っているのだろう。
なお騎士たちはハルバードではなく、長剣を装備している。
そりゃそうだ。
謁見の間ほどの広さがあれば長柄の武器でもいいだろうけど、帝城内の廊下で振り回すには無理がある。
だけど普段訓練しているのはハルバードなんだろう。
動きにぎこちなさがあるような気がする。
そんなんじゃ俺の相手はできないぞ。
いや、だからこそ警戒すべきは――、
するり、と立ち並ぶ騎士たちの間を抜けてくる小さな影。
驚くべきはその速度だ。
一番近くにいた騎士は10メートル以上離れていたはずだが、その影はまるで2,3回の踏み込みだけで俺に最接近してきたように見えた。
おそらくはそう見える歩法。
体の動かし方の質が騎士たちとはまるで違う。
その影がもっとも俺に接近した帝国の兵ということになるんだろうか。
だがそれでも、その刃は魔法障壁に阻まれて俺には届かない。
次の瞬間、背後から鉄と鉄のぶつかる音。
驚いて振り返ると、若い女が床に転がるところだった。
接近に気付かなかった。
背後にも魔法障壁は張ってあるが、全面ではない。
偶然にでも隙間に刃が入っていればヤバかった。
その彼女が床に転がっているのは、そのさらに向こうにいるネージュが原因だろう。
騎士たちの一部が乱入してきたネージュのところに方向転換するが、そのさらに背後から現れたシルヴィが次々と打ち倒す。
やだ、あの子、身体強化すら使ってない。
迷宮で鍛えられた筋力と、技の冴えだけで帝国騎士を圧倒しているのだ。
いや、まあ、あれくらいできると分かっていたから、安心していたわけだけど。
キラキラと金属が輝きが目に入り、それらは床に倒れていた女に突き立った。
絶叫。
ネージュの投擲した投げナイフが襲ったのだ。
「そこまでやらんでも」
思わず素直な感想が口を突く。
「そいつ気絶してた振りしてた」
「じゃあ仕方ないかあ」
偶然だとは思うが急所は外れている。
血は流れ、痛みに悶えているが、今すぐ死ぬというほどでもない。
「それで交渉はうまくいかなかったのね?」
合流したシルヴィが剣を構えたままで言う。
「これで不可侵条約成立してたら頭おかしいでしょ」
「帝国相手だとありえるかもって」
うーん、帝国への謎の信頼感。ちょっと分かる。
「それじゃもう遠慮しなくていいのね?」
「どうですか殿下?」
「あまり反王国感情を延焼させたくはないのですが。特に騎士や兵士は身内の死に敏感ですし」
騎士はともかく、兵士なんかはほとんどの場合、職業軍人ではなく徴兵された農民だ。
当然ながら愛国心が薄く、彼らは国のために命をかけるわけではない。
志願兵ではないから、金でもない。
彼らは訓練や行軍を通じ、絆を深めた仲間のために戦う。
自分のために戦ってくれる人がいるから、誰かのために戦えるのだ。
だから軍隊の個に対する攻撃は全体の反撃を受ける。
殺せば取り返しがつかない。
「せめてアレクサンドラという手札があるうちは殺しは無しでお願いします。シルヴィ、貴女ならできるでしょう?」
「リディアーヌ様がおっしゃるのであれば。その女性が?」
シルヴィの目線が後ろ手に縛られたアレクサンドラに向く。
「帝国皇帝の娘のようです。帰路で帝国の武力行使を抑止するために連れてきました」
「あまりいい手だとは思えません。ここで捨てていきません?」
「できるだけ穏便に王国に戻りたいのです」
「承知しました」
実際のところアレクサンドラがどれほど抑止力として働くかは未知数だが、彼女がいなければ徹底的に妨害されるだろうから、手札としては残しておきたい。
障害は排除できるだろうが、反撃したことで逆恨みされる可能性も大いにある。
リディアーヌが考えているのはそんなところだろう。
往路はひたすら急ぎで駆け抜けてきたので、通常、王族が隣国を訪問した場合にするような各地の領主との会談も行ってこなかった。
つまり王国へと続く各地の領主がどのような人物か分かっていない。
飛翔魔法で戻れば問題ないのだけど、一応帝国領土内では見せないために使わない方針だしな。
反重力魔法見せた時点で今更な気がするけど。
「帝城を出たら馬車を。門の突破が問題ですが……」
すでに伝令が走って門は閉ざされているだろう。
「いえ、さほど問題ではないでしょう。魔法で開くことができます」
門は開いたり閉じたりするものだから、この命令は通りやすい。
「なるほど……」
リディアーヌは少し考え込む。
シルヴィが肘で俺をゴンゴンと強めに小突いた。
え、なに?




