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プロローグ

 死にました。


 それはいい。

 本当にいいんだ。死んだこと自体に思うことはあまりない。


 不慮の事故だったけれど、俺には家族もいないし、仕事もしていない。

 俺が死んで誰かに迷惑をかけることはない。


 むしろ死んだはずの自意識が未だあることが問題だ。


 いや、それですら二番目の問題に過ぎない。


 最大の問題はいま俺の前に90度も腰を折って頭を下げている女性がいることだ。


「申し訳ありません!」


 頭を下げると同時に、彼女はそう言った。


 はて、どういうことだろう?


 少なくとも俺の死因に彼女が関わっているという記憶はない。

 そもそも“背中に翼の生えた”女性など知り合いにいない。


 いてたまるか。


 少なくともその翼はコスプレイヤーが背中に背負ったちゃちな代物には見えない。

 呼吸に合わせて揺れるそれは、血の通った本物の翼だろう。


「あの、天使さま」


 他に適当な呼び方も思いつかず、俺はそう呼びかけた。

 死者の前に現れたのだ。さもありなん。


「頭を上げてください。正直、何がなんだか……」


「そ、そうですね! まずは説明をさせてください!」


 天使さまは顔をあげると、胸の前で祈るように両手を握りしめた。


「まずはお悔やみ申し上げます。ご生誕の折から見守って参りましたが、不幸な事故でのご逝去で誠に残念です」


「どうもご丁寧にありがとうございます……」


 戸惑いながらもなんとか言葉を返す。

 自分の死に対してお悔やみの言葉を貰う経験というのは、流石に生きている間にできるものではない。初体験だ。


「しかし生まれた時から天使さまに見守られていたのですか」


 プライバシーもへったくれもない話だ。

 随分と生き恥を晒してきたので、見ている方も辛かったのではないだろうか。


「そ、それにも理由がありまして!」


 天使さまは握りあわせていた両手を解いて、人差し指をちょんちょんと合わせた。


「その、ごめんなさい! あなたが生まれる世界を間違えました!」


「は――?」


 意味が分からず変な声が出た。


 生まれる世界を間違えた?


「転生する魂を運ぶ最中にトラブルがあって、別世界の魂と地球の魂が混じっちゃったんです。ちゃんと選り分けたつもりだったんですけど、漏れがあって……」


「それが、俺?」


「そうなんです。申し訳ありませんでした!」


 天使さまは再び頭を下げた。


「つきましては次の転生では本来の世界に戻っていただきたく、こうしてお願いに参ったわけなんです」


「はあ……。別に了承を取らなければならないようなこととも思えませんが」


「そういうわけには参りません。そのあなたが本来生まれるはずだった世界はなんというか、その地球のそれも日本と比べると大変生き辛いと申しましょうか」


「文明の進み具合が違うんですか? それとも平和でないとか?」


「うっ、両方、です」


「なるほど……」


 それは確かに生きていくのは大変そうだ。

 とは言え、


「でもまあ、来世のことですし、俺にはあまり関係ないかな、と」


「それが非常に言い出しにくいんですけど……」


「まだ何かあるんですか?」


「その、本当なら死者の魂は浄化されて記憶などはリセットされた状態で転生するんですけれど、あの、その、もしもよろしければ、そのまま転生していただけたら嬉しいなあ、なんて」


「それはつまりこの私のまま、ということですか?」


「肉体は持って行けませんから記憶と魂だけですが、その、ダメですか?」


「あー」


 なんとなく天使さまのおかれた状況を察してしまった。


 彼女は自分の犯したミスの隠蔽を計っているのだろう。俺の魂を浄化する手順を踏めば、彼女の失策が表沙汰になるのだと見た。そこでこっそり生まれ変わる魂の列に俺の魂を並べてしまおうという考えなのだ。


 俺は俺が死んだことも、それによって今の自分というものが消滅することも受け入れていた。今の自分というものを保ったまま別の世界で生まれ変わるというのは完全に想定外だ。


 とは言え、これは言葉通り生まれ変わるチャンスだ。

 残念ながら現代日本に生まれ変わることはできないが、生き辛いとは言え、別世界でやり直せる。


 思えばつまらない人生だった。

 35歳、無職童貞。

 職歴無し、家族無し。

 友達もいなければ、当然彼女なんているわけもない。

 親の遺産を食いつぶし、生活保護が申請できるだろうかと不安に感じていたこの頃だった。


 それならいっそ別世界でやり直したほうがよほどいい人生を歩めるのではないだろうか?


 両手を組んでうんうん唸っている俺を見て、どう思ったのか天使さまはおずおずと切り出した。


「もちろんこちらの手違いでご迷惑をお掛けしているわけですから、只でとは申しません。なにかひとつお好みの才能を差し上げられるように手筈を整えてあります」


 そんな手筈が整っている辺りが、天使さまの隠蔽しようという本気度が見えてちょっと怖い。


「それってなんでもいいんですか?」


「叶えられる範囲であればなんでも、です」


「それじゃまずは転生することになる世界についてもっと詳しく教えてくれないでしょうか? どんな才能を貰えばいいのか、それを聞かないと判断できないですから」


「そ、それもそうですね!」


 そうして天使さまが語ったところによると、その世界は地球で言えば中世相当の文明を持ち、人類は繁栄こそしているが、魔物と呼ばれる化け物も闊歩する、いわゆるファンタジーな世界らしい。


 なるほど、確かに生き辛いわけだ。戦争に巻き込まれなくても魔物に襲われてデッドエンドということも考えられる。


 となると貰う才能は戦いに関するモノにしておくのが自分の身を守るためには向いていると言えるだろう。

 非戦闘系の才能をもらって町に引きこもって暮らしたとしても、町ごと魔物に攻め落とされて死ぬとか、今度こそ死にきれない。


 しかし現代日本で争い事と関わりなく生きてきた身としては、武器で切った張ったするのはどうにも恐ろしい。

 圧倒的な武の才で敵をばったばった切り捨てていくというのに魅力を感じないわけではないのだが、ここはやはりファンタジーらしい才能を貰うべきだろう。


 決めた。


「魔法の才能を貰うってのはできますか?」


「魔法ですか。ちょっと確認してみますね」


 天使さまは目を閉じ、両手を握りあわせて祈りを捧げているように見えた。

 天界式の情報検索手段だろうか。

 地球人類もいずれはスマホを捨てて、脳内でサーバと交信して情報を得るようになるかも知れない。


 やがて目を開けた天使さまはぱぁと笑みを浮かべた。


「大丈夫です。魔法の才能、いけます」


「ぶっちゃけ才能ってどれくらいのレベルなんですかね?」


「それはもう世界最高の魔法使いになれること請け合いです」


 大丈夫? 隠蔽する気ある?


 とは言え、くれるというのであれば野暮なツッコミは入れるまい。

 自分の身を守る最高の手段は、己の暴力である。


 しかし自分が何に才能を持っているか分かっているってのは、それだけでありがたいな。才能も無いことに努力を費やす無駄をしなくて済む。


「じゃあ、それでお願いします」


「こんな突然のお話を受け入れてくださって本当にありがとうございました。次こそは大往生なさってください」


「いや、これから生まれるのに死ぬ話とか止めてくださいよ」


「それもそうですね」


 肩の荷が降りたのか天使さまは柔らかく微笑む。


「それではあなたの新しい人生に幸多からん事を」


 そうして俺の意識は光に包まれて行った。

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