第70話 好きのきもち
第70話 好きのきもち
「……好き、なんですか?」
好きという言葉を噛み締めるように彼女の方を静かに見つめた。
こんな言い方をした俺は結構、天邪鬼だなと思う。確認するように聴いたところでなんて彼女が返すのか、その表情を見ただけで分かるではないか。彼女は金魚のように口をパクパクさせ、行き場のない言葉にならない声を発している。
「あ、ああ!!すす、好きと言いますか!!ほら、仁都さんって、に、人気者じゃないですか?!だから、その好きみたいなもので、決して恋愛的なそういうのではなくてあの……!!」
と、顔から火が出てますとでも言うように、彼女大きく手を振りながら首も一緒に勢いよく首を横に振り回した。少女漫画とかドラマでよく見たことある光景だ。ここまで、典型的に分かりやすい子は初めて見たかもしれない……。
「で、ですから、このことは……!!」
黙って頂けませんか、ともう泣きそうなくらい彼女は弱々しい口止めをしてきた。俺は別にいじめてるつもりは無いのだが、ここまでされるとなんだか悪いことをしている気分になった。
「……大丈夫です。口止めもなにも、こんなことを話すような相手、誰もいませんから」
そう自分の悲しい自虐を交えながら彼女に向かって微笑むと、ホッとしたように胸に手を当てて肩の荷を下ろした。まだ、頬がじんわりと熱そうな彼女に向かって俺は続けた。
「……それに、こいつはある意味、人の話を聞かないから。馬鹿だけど、アホみたいに真っ直ぐで、何でもかんでも信じるって性格じゃないんだよ」
俺はブルーシートに手をついて顔を上げて木々の隙間を見つめる。暑い日差しからろ過されたかのように柔らかな光だけが差し込んで、キラキラとクリスタルのように輝いて見えた。
ふぅ、と一息ついて、彼女へと向き直って俺は人差し指を出した。
「例えば、仮に、君がこいつの事か好きってことを伝えたとする」
「ひ、ひえッ……!」
「いや、あの、あくまでも、例えばの話だから……」
「は、はい」
「むしろ、こいつはそんなこと信じないと思うよ。むしろ、そんな適当なこと言わないでって怒ると思う」
「え?友達なのに……ですか?」
「そう、友達なのに。なんとなくだけど、こいつはそういう話は本人から聞かない限り信じてないんだと思う」
他人の噂や憶測なんてこいつには通じないんだ。本人がそうだって言わなきゃ、信じない性格。仮に彼女の気持ちを今現在、仁都が分かっていたとしても、彼女からその気持ちを聞かない限りはずっと傍観しているだけなんだと思う。
周りから見たら、逃げていてずるいようにも見えるかもしれない。だけど、その気持ちをこいつは弄んでるわけじゃない。向こうから話してくれることを待ってるんだ。だから、俺が彼女の気持ちが本物だと彼に伝えたところで、所詮、それは他人からの言伝だ。聞く耳を持たないで、決めつけるなと怒るだろう。
「……だから、君に好意を持ってるからって告げ口をするような真似はしないよ」
それこそ、恋愛にとってはズルい話だと思うから。少女漫画だと、お互いの描写が書かれるから、焦れったいもどかしい気持ちが伝わるが、恋をしてる当人にそんなことは分からないのだ。
他人の恋愛を少女漫画と同じ娯楽の一種として見るのは、それこそ恋をしてる人たちに失礼だろう。
「……それよりも、応援するべきだなとは、思うけど」
過去に自分が見てきた、とある1つの恋愛の結末を知ってるからこそ、俺は傍観者になるべきだと思った。関わったことにより、崩壊した末路を見た経験があるからこその、俺の結論である。
「……雀宮さんは、お優しいんですね」
そう言と、落ち着いたのか、彼女は本当に嬉しそうに、口に手を当て笑っている。なんだかそれがとても幸せそうに見えた。
気がつけば、自分はさっきから偉そうにタメ口で彼女に話しかけていた。そのことを彼女に申し訳ないと、告げると同級生なのだから気にしないで欲しいと笑われた。
ならば、播磨さんもでは?と思ったが、先程話していたように癖なので抜けないらしい。それなら尚のこと申し訳ない気持ちになるのだが、彼女は気にしないで欲しいと言ったので甘えることにした。
異性と話すのはあまり慣れていない。年の離れた女性と話す機会はあったが、同い年の女子と話すのは同性同士と話す時とは違い、そこら辺の線引きが難しかったりする。ふと思ったことだったが、気になったので彼女に聞いてみた。
「……仁都の、どういう所が好きなんだ?」
彼女の横で顔を背けながら、その気持ちを知らないで寝ている仁都を他所に問いかけると、少しだけ顔を赤くしたあと指と指を絡ませ言葉を選びながら静かに俯いた。
「どういうところ……と言われると結構難しいですね。優しいところも、かっこいいところも、ちょっとだけ成績が良くないところも……なんだか、全部が好きなんです」
バカみたいですよね。と彼女は自虐するように笑う。恋は盲目って、自覚はしてはいるんですけどと、彼女は恥ずかしそうに指で頬をかいた。
「ただ、言えることがあるとすれば……私は彼がいなかったら、きっと一人ぼっちだったってことなんです」
……そう言った彼女の言葉に、俺はどことなく既視感を覚えた。彼がいなければ一人ぼっちだったというとその言葉は、過去の自分と重なり、何故か他人事のように思えなかった。そんな俺の心を見透かしてか、彼女は続けた。
「工業科は女子が少ないのはご存知、ですよね。私の学年では4人しかいなくて。一年生の時、私は女子一人だけだったんです。自分で選んだ道とは言え、それは結構辛いもので、昼休みには友達が来てくれたんですけど……それでも、クラスメイトと全然馴染めなくて……」
そう言って、少しずつ自分の話をぽつりぽつりと話し出した。
「ある日、私が移動教室に行く途中、その場で体調を崩してしまったんです。1人だけ、教室に行くのが遅れ、周りには誰もおらず……大袈裟なんですけど、ああ、私このまま死んじゃうのかな、なんて思ってたんです」
さっきの俺と同じように自虐めいた笑いを続ける彼女は、また頬をかきながら目を伏せた。
「そうしたら、誰かが駆け寄ってきてそのまま私を抱き抱えて保健室に連れてってくれたんです。あんまり覚えてないんですけど、凄い大きな声で暴れてたみたいで……」
「……それが、仁都?」
「はい。ただの貧血だったんですけど、私が起きるまでずっとそばにいてくれて。体調が良くなっても、その日一日はずっと私のことを心配してそばにいてくれて……。そんな彼を見てか、他のクラスメイトも声をかけてくれるようになって……1日が終わる頃には全員と話せるようになってたんです」
彼女は目を潤ませて、手を組んで嬉しそうに目を瞑った。
「仁都さんのおかげで、クラスメイトとも仲良くなって、友達がたくさん出来ました。それから、彼のことを目で追うようになって……完全な私の一目惚れなんですけどね」
そう言うと愛おしそうに仁都の方へと目を向けた。まだ眠っているのだろうか、一つも微動だにしない。モゾっと動いたかと思えば、イビキをし始める始末。そんな姿ですら、彼女には幸せな時間なのだろう。ふふっと笑った。
「……だから好きなんです」
そう告白すると、彼女はハッと我に返ったのか、俺を見た途端また顔を真っ赤にしてオーバーなリアクションを取り始めた。
髪が左右に大きくなびいて、しまいには鼻に毛先が当たって大きなくしゃみをした。
「あ、ああ、あの……!!このことはどうかご内密に……!!」
「だ、大丈夫。言わないって」
「ほ、ほんとですか?」
「ほ、ほんとだから……!」
彼女は自分で墓穴を掘るタイプのようだ。なんだか、仁都が言うように小動物に見えて仕方ないのは彼女の特性なのかもしれない。ただ、仁都が狸寝入りとか寝たフリをしていたら話は別かもな、と言いかけたのを口に戻した。
もし、そんな事があったら彼女は本当にその名の通り、穴を掘って埋まる覚悟でいるのかもしれない。
まあ、本当にそんなこと、こいつが寝てる感じだと有り得なさそうだけどな……。
そう、1人の少女の恋心を知れたところで坂田と田本が戻ってきた。ジュースを貰った頃には集合十分前のアナウンスが鳴った。坂田は仁都をたたき起こし、寝ぼけ眼を擦る彼を肩に持ちながら、俺達は分かれた。
彼を心配そうに見つめる播磨さんと、そんな彼女に大丈夫だよーと笑いかける仁都の二人の後ろ姿を見ながら、俺はお節介ながらも、頑張れ、とだけ小さくエールを送った……。




