表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/82

第6話 せいぎのみかた? (2018.6/30加筆修正済み)

 第6話 せいぎのみかた?


「よお、お兄ちゃん。俺らの話聞いてるー?黙ってちゃ分からないよ??」

「俺たちはな?何も難しいことは言ってないんだよ??ただ、ちょっとお金を貸してほしいだけなんだよ?」


 ああ……暑さというものは、何故こうも人が調子に乗ってしまうような効果があるのだろうか。いや、こんな奴らは暑さも寒さも関係なく、二十四時間年中無休でこんな事をしているのだろう。


「……お金を集る相手、間違ってると思いますよ」


 俺がそう答えると、屈強な不良の男達は「あぁん?」と全員俺に視線を落とした。

 このやり取りを開始して、はや十分。そろそろ諦めてくれてもいいような気がするのだが、こういう輩は何故か粘ろうとする。

 本当にできる奴は、そもそも俺みたいな奴に話しかけないし、仮に話しかけたとしても粘らない。

 自分にとって有益にならないのであれば切り捨てるのだから……よって、今俺が話しかけられている不良軍団は大して強くもないし、頭も良くないと思われる。


 夏休みが始まって二週間。仁都家でのお泊り会が無事に終わり、俺にとっていつも通りの日常が帰ってきた。

 仁都とは特に連絡先を交換することはなく、だからといって俺から連絡先の交換を促す勇気は無い。これで良かったのだ。

 季節は七月の下旬を迎え、暑さもより一層厳しくなってきた。太陽の光を反射したアスファルトがゆらゆらと陽炎と作っている。

 蝉の鳴き声も、自分の出番だと言わんばかりにうるさく鳴いている。街中に行き交う車の排気ガスが肌に焼きつき、余計に暑さを誘う。

 学生の特権である長期休みをフル活用して、展覧会に向け作品作りをしようと図書館に向かったのまでは良かった。

 しかし、俺を中学生と間違えている様子の面倒臭い人達に絡まれてしまったのだ。


 原因は分かっている。俺のこの背の小ささと、高校生にしては幼すぎる自分の顔だ。制服を着ていなければ、十人中十人は確実に俺のことを中学生だと勘違いするだろう。

 いや、制服、学ランを着ていたところでそれが緩和されるとは到底思えない。むしろ悪化しているようにしか思えない。

 そのため、夏以外は学ランを着るのではなく、カーティガンを羽織るようにしている。しかし、高校指定の袖口は俺では余ってしまうので基本捲り上げている。

 つまり、どう足掻いても、こういう輩に絡まれる運命からは、逃れられないのである。


 ……しっかし、まあ、昔からこういうことに【慣れている】とは言え、今は街中にいるのだ。

 これくらいの人数なら、強硬手段で対処できない訳では無いが、あまり派手なことをすると騒がれる可能性がある。

 ほら、通行人の皆さんが見て見ぬふりしてらっしゃる。おおっと、これは早めに対処していなければ貴重な時間が無くなってしまう。


 はて、どう対処しようかな……。


「……とにかく、俺は今、図書館の貸し出しカード以外手持ちは無いので、他を当たっていただけませんか?」


 自分で言っておいて悲しいが、これが現実だ。本日は都合が悪く、財布の中身は最低限の物しかない。定期のICカードに図書館のカード、あとは通いつめた書店のポイントカード。

 例え小銭をかき集めたとしても1000円には満たない。彼らを喜ばせるようなものは生憎持ち合わせていないのだ。なるべく穏便に済ませたい。

 相手のプライドを傷つけないように言葉を選んだつもりだった。


 しかし、その対応がこの相手にはあまりよろしくなかったらしく、軽く舌打ちし、「強がってんじゃねえぞ、ガキがぁ!!」と、俺の胸倉を掴んだ。


「あのね~?そんな定型文みたいなお返事を、俺らは待ってるわけじゃねえの~?わかるぅ?」

「そうそう、お前みたいな優等生ちゃんはなぁ!いつでもこの俺様が、その綺麗な綺麗なお顔に傷をつけられるんだぞ~??」

「それが嫌ならさっさと金出せよぉ?!可愛い可愛いおチビちゃんよぉ~?!ぎゃはは~!!」


「…………」


「なんとか言えよぉ?おチビちゃん??」


 やばい、もう、限界だ。こっちが大人しくしてりゃ言いたい放題に言いやがって……。

 相手の汚い面が、悪い相乗効果を生み出し、俺の怒りも限度を超えようとしていた。死なない程度に殺してしまっても構わない気がしてきた。

 残念なことに、俺の心は砂漠のオアシス並に狭いのだ。それが俺の短所だとある人は言ったが、よくもまあここまで耐えたことを褒めて欲しい。だが、それもここまでだ。

 俺はバレないように右手を握りしめ、体を捻り、殴りかかろうとした。その時だった。


――クシャクシャに潰れた空き缶が、空気を突き抜けるように、俺の胸倉を掴んだ男の頭に飛んできたのだった。


「うぐぁっ?!」


 それは綺麗な一直線を描き、相手が気づくよりも先にダイレクトアタックした。

 石頭だったのだろう、空き缶は跳ね返り、綺麗な孤を描いて持ち主のいる方へと俺達の視線を誘導した。


 二転三転地面に跳ね、空き缶はその主の足元で止まった。俺も含め全員が顔を上げ、その相手を視認した。俺はその人にどこか見覚えがあった。


「……あっれー?ごめんごめん、ゴミ箱だと思ったら人間に当たっちゃったわ。まあ、どっちもゴミみたいだからどうでもいいか」


 そう言う声のトーンも、ムカつくようなふざけた喋り方も、その仕草も俺はしっかりと覚えていた。


「……仁都……?!」


「やあ、すーちゃん!世界一かっこいい王子様が助けに来たよ?」


 そう言ってニヤリと笑う仁都の表情は、王子様と言うには到底似つかわしくない、不気味で背筋がゾッとするようなものだった。


「すんませんねぇ、この子、俺の親友なんでー、その汚い手を離して頂けませんかねえ?」


 仁都はニコニコと笑顔を絶やさず、俺たちの方へズカズカと近寄ってきた。ただならぬ仁都の雰囲気に圧倒されてか、周りの下っ端たちは仰け反るように道を開けた。


「はあ?部外者は引っ込んでろよ、クソメガネが!」そう言い、空き缶を投げつけられた男は再び俺の胸倉を掴んだ。

 しかし、その手は僅かに震えていた。本能で仁都の存在に怯えているのだろう。だが、それに追い討ちをかけるように、表情を変えず仁都は首を傾げた。


「あれ~?聞こえなかったみたいだから、特別にもう1回言ってあげるよ、いい?」


 そう言って、俺を捕まえる相手の腕を掴み、捻り上げた。


「……その汚ねえ手を離せっつってんのが聞こえなかったのか?クソ雑魚が」


 夏だと言うのに、一瞬にして周りの空気が凍りついた。俺の知ってる仁都からは想像出来ないドスの効いた声だった。

 まるでドラマや映画で見る極道の人間のような気迫に圧倒され、息を呑んだ。

 その場の空気を支配し、ぽかんとしている相手の腕を簡単に捻り上げた。


「いでっ!?いででででっ!!」


 相手は悲鳴を上げ、逃げようとしているにも関わらず、仁都が腕を離す気配は全くない。むしろ、涼しい顔でそのまま俺に笑顔を向けてきた。


「すーちゃん、大丈夫?怪我とかしてない?してたら倍返しするから遠慮なく言ってね!?」

「いや、どちらかと言うと俺よりも、現在進行形でそいつの方が……」

「ああ、別にこれ本気出してないから大丈夫。跡が残る程度だから平気平気。そんな事より、俺の大事な大事なすーちゃんに傷がつくことの方が……!!」

「あー……はい、分かった分かった。俺は無事なんで、この人を離してあげてください」


 俺が小さく溜息をつくと、仁都は少し口をへの字にしてパッと手を離した。相手は、かなり痛かったのか既に半泣き状態だ。

 相手の腕には、くっきりと仁都の手の形が戒めのように残っていた。ほんとこいつ、この見た目のどこにこんな腕力があるんだよ……。

 フーッフーッと威嚇する猫のように腕を振りながら、俺の胸倉を掴んだ男はこちらを睨みつけてきた。


「てんめぇ……!!俺を怒らせたらどうなるか分かってんだろうなぁ?!ああん?!」


 おっと、これはやばい。怒りが頂点に達し、今にも飛びかかってきそうな勢いだ。

 正義の味方が現れたと思ったら、振り出しにいや、それ以上に宜しくない状況下に置かれてしまった。仁都は何故か笑顔が怖いくらいにやる気満々だ。 

 少しは危機感ってものを持って頂けないだろうかと考えていると、周りにいた取り巻きがハッと何かを思い出したように男に耳打ちした。

 すると男はそれを聞いてサッと血の気が引いたような表情をし、青ざめた顔で仁都を指さしてきた。


「お、お前……平塚中の、ひ、仁都如月か……?」


 そう言われた仁都は、どこか満足そうにまたニコりと笑って首を横に傾げた。


「……そうだけど、何か問題あった?」


 不気味だ。味方とはいえ、今はこいつの笑顔自体が武器になるくらい、人の心に恐怖を与えてくる。名状しがたい何かを感じてしまい、俺は思わず他人のフリをした。

 男はその答えを聞いて「なるほど……」と納得した……ような仕草をしたが、その手は大きく震えていた。まるで主人に叱られた子犬のように。

 そして、「よし、お前ら、今日は帰るぞ?」と声を裏返しながら下っ端たちに呼びかけた。その声は表情からも伺えられるほどに怯えていた。


「え?か、帰るんすか?リーダー」

「ああ、帰る。帰らなきゃらならない用事を、俺は今思い出した。だから帰る。いいな?!異論は認めないからな?!」


 声を荒げるその様子は、世界の終わりを見たような絶望感に満ち溢れていた。そして、仁都の方に一歩歩み寄り、目にも止まらなぬ速さで地面に座り込んだ。


「仁都、如月……さん、あの、仁都さんの大事な人に手ぇ出して……すんませんでしたあああぁぁぁ!!」


 刹那、それは世間でいう土下座だった。額は地面に付けていない、適切で完璧なフォームとも言える土下座だった。 

 そして、仁都の返事も聞かずに立ち上がると「失礼します!」と一礼し、下っ端たちを急かすようにその場を促し、そのままそそくさと撤退して行った……。

 

 嵐のように事が過ぎ去り、俺は一体何が起こったか分からなかった。が、しかし、厄介なことにならなかったのは不幸中の幸いだった。

 冷や汗か何か分からない汗が全身を伝う。額を汗で拭っていると、仁都はおどおどしながら俺を見た。


「すーちゃん、大丈夫?何もされてない?」


 さっきの暴言や態度が何事もなかったかのように話しかけてくるその姿に、手を額に置きながらため息をついた。


「……お前のせいで肝が冷えたよ、ばーか」

 

 今日はやけに暑い日だと、俺は蝉の鳴き声を聞きながら空を仰いだ。夏の象徴である大きな入道雲がやけに眩しかった……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ