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第61話 はなび

 第61話 はなび


「ソウゴ!からだのほうはだいじょうぶ?」


 エトは田本の脚に抱きつき、心配そうな顔をして田本を見上げた。宝石のように銀白色なその目は、海に映る月のように揺らめいていた。そんなエトを安心させるように、田本は変わらない笑顔を見せた。


「見ての通り、大丈夫だよ。俺は元気いっぱいだよ」


 そう言うと、エトは「よかったぁ」と呟いて嬉しそうに微笑んだ。田本は、「仁都と楽しそうに話してたね、もう仲良くなったの?」と聞くと、エトは体いっぱい両手を広げて嬉しそうに大きく頷いた。


「あのね!ヒトトね、すっごくおもしろいの!エトとね、おはなしがすっごくあうの!」


 くるりと回り、少し遠く離れた仁都に手を振っていた。すると、それを返すように仁都も大きく手を振っていた。流石、人と仲良くなるのが上手いと言うのか、それとも脳内レベルが子どもと同じだからか、エトともすぐに打ち解けていた。ヒトトは楽しくて面白い人、エトの頭の中にはそうインプットされたようだ。


 ちなみに、坂田とも自己紹介済みで、「ソラル」は言いにくかったようで、「ソラ」と呼んでいた。

 最初は、坂田の猫目に警戒していたんだろうけども、坂田持ち前の演技力によって、彼女は徐々に心を開いていった。

 そして、坂田の髪の色にも気づいたようで、俺や田本と同じように髪について聞いていたが、坂田が「染めたんだよ〜」と言うと、「ソラはむらさきがすきなの?」と聞き返し、坂田は「そうだね〜……」と顎に手を当てて悩むようなポーズをした後、


「……俺はこの色が好きだと思う」


 と言って笑っていた。好きだと思う、なんて、まるで好きじゃない言い方をしているみたいで、何故か少し違和感を覚えた。だが、彼女はそんなことに気づくことなく、「そうなのね!」と笑っていた。


「エトと同じね!」

「あはは〜、俺の場合は人工的なものなんだけどね〜」

「でも、きれいだからだいじょーぶ!」

「えへへ〜、ありがとう〜」


 と、2人であははと笑っていたのが印象的だった。結構、それが俺としては意外だった。何に対しても無気力でめんどくさがり屋な坂田だが、案外面倒見がいいようで、エトは肩車や抱っこなどをして貰ったらしく、坂田は田本と同じくらい懐かれていた。彼らには、小さい子を惹き付けるような何かがあるようだ。


 そう思っていると、何かを思い出したのか「あっ!」と小さく声を上げると、田本のズボンの裾を引っ張った。


「はなび、もうすぐ始まるよ!」


 そう言うと頬を思いっきり引き上げ、りんご飴のように頬を赤くしてえへへ〜と笑った。「花火?」と俺達がそう聞き返すと、彼女が答える代わりに、松柳さんが答えた。


「鬼灯祭の目玉である花火大会ですよ。今年は開始時刻を遅らせ……いえ、遅くなったようで、もうそろそろ始まるようですよ?」


 そう言った彼は、三角形に切られたたくさんのスイカと塩の瓶が一つ置かれたお盆を手に持っていた。

「遅らせ……」と聞こえたが、きっと彼女が見つかるまで花火大会を延長させたのだろう。松柳さんの言い直しの仕方から、そう想像出来てしまうのが恐ろしい。


 そして、松柳さんはスイカをテーブルに置くと、胸元のポケットから懐中時計を取り出し、カウントダウンを始めた。空虚な藍色がざわつき始めるのを感じる。

「……3……2……1……」そう言って、カチンッと懐中時計の蓋を閉めたその時だった。


 ……大きな藍色のキャンバスへ、人間が作った色が弾け飛んだ。


 ドドーン、ドドーンと、数え切れない程の色が、藍色の袖を染め上げる。淑やかで多種多様な大輪が重なり合いながら、和の世界へ塗り替えていた。

 腹の底へと響くように唸る太鼓の音が、空に響き渡りリズムを奏でた。

 この町で一番、空に近い場所にいる俺達は、その魅力に惹き付けられ目が離せなかった。手を伸ばせば届きそうなくらいなのに、一輪も摘むことが出来ない。何とももどかしい美しさがあった。


「きれい……!!」


 エトは花火に夢中だった。美しく輝く銀白の瞳は、今この瞬間だけ色んな色に溢れていた。エトね、はなび大好きなの!と笑いながらくるくると踊り出した。それは和の世界には似合わないワルツではあったが、それでも彼女のその姿は愛らしかった。


「……元気ですね、エト」


 俺がしみじみ彼女のパワフルさを痛感すると、俺の横で松柳さんがクスッと笑った。


「ふふっ、そうですね。今日だけは、お嬢様の夜ふかしを許すしかありませんね……」


 と、ため息をついていた。しかし、それはどこか嬉しそうな安堵のため息に見えた。すると、俺の視線に気づいたのか首を傾げてニコリと微笑んだ。


「……本日は、エトお嬢様にとっては大変記憶に残る日になったと思います。良い意味でも悪い意味でも……」


 そう言って、夜空を見上げた。

 その横顔はどこか切なく、思い耽っているようにも見えた。


「ですが、出来ることならば、今日という日を、皆さんと仲良くなった思い出でいっぱいにしてほしいと思っています。お嬢様が将来、この思い出が楽しかったものとして、語れるように……」


 松柳さんの言葉には、彼女に対する忠誠心が表れていた。彼女を思う松柳さんの気持ちは、きっと形や大きさでは計り知れない何かがあった。それはきっと、俺たちの知らない世界の話なのだろうけども、俺はなんとなくその気持ちが分かったような気がした。


 ……俺も、"あの子"にはそうであって欲しいのだから。


 そう思う俺の目の前には、抱えきれない程の花が藍色の袖に晴れやかに咲いていたのだった……。


 ******


 きっと、僕らは、僕らの意思なんか関係なく成長をしてしまっているのだと思う。心の準備をしているか、いないかだなんて関係無くて、時間と共に成長していくのだ。


 後悔をしてももう戻れなくて、取り戻したくてもそれすら全て間に合わなくて、小さい頃の些細な罪ですらも背負って行って、それを償いたくてももうそれすらも出来なくなって、その罪さえも忘れてしまうのかもしれない。


 だけど、絶対に忘れたくない想いが確かにそこにあって。


 それが口に出していいものか、出してはいけないものかなんて、他人が決めるものではなくて、それを有言実行しても結局は自分の我儘で……。


 だからこそ、僕らはみんな

 悪足掻きをする、悪ガキなのかもしれないのだ……。


 *******


「あーあ、あっという間に終わっちゃったね、旅行」


 そう言って仁都はドスンッと電車の座席に座った。ボックス席に彼が座ると、脚が長いからか男四人で座るには若干きつくも感じる。

 冷房の効いた電車は、ガタンゴトンと揺れながら、陽の光を浴びた窓の景色を徐々に俺らのいた世界に塗り替えて行く。つり革が左右に揺れ、影も一緒に遅れながらも揺れていた。


 乗客のいない電車はがらんとして、どこか寂しさに包まれていた。


「あっという間って言いながら、なかなか出来ない体験しちゃったね!」

「まぁ?一部では怪我人も出てるみたいですけど〜」

「うっ、悪かったって、坂田。荷物持ってもらって本当に感謝してるよ?」

「本当に感謝してるんだったら、今度俺に昼飯奢れよな〜」

「……おい、怪我人になんつー注文してんだよ、お前」


 俺がそう腹を小突くと、「えー、厳しいよすずめくん」と何故か非難されしまった。いや、何故ゆえに。「多分、坂田よりも俺はかなり田本に親身だと思うけどな」と、口に出しそうになったのを抑え、俺は窓際に頬杖をついて流れゆく景色を眺めていた。


 ……次の日の朝。

 朝一で帰ることになっていたので、京治さんと美由さんが見送ってくれた。前日、エトも見送りたいと言っていたのだったが、俺達が出るよりも早く国に帰らなければならないとの事で、花火大会のあとお別れすることになった。

 別れる間際、エトは文句をずーっと松柳さんにぶつけていたのだったが、途中で疲れ果てて眠ってしまった。昨日だけでも色々あったのだ、疲れてしまっても仕方ないだろう。

 まともなお別れが出来なかったのだが、松柳さん曰く、来年も遊びに来るとのことて、一応、これがエトとの約束となったのだった……。


 まぁ、そんなこんなで、俺たちの長くて短い夏休みの延長戦は、無事に幕を閉じたのだ。


 小さな少女との約束を土産として……。


 ……気がつけば、景色は移り変わり、見慣れた自分たちの地元の姿が目に飛び込んできた。騒がしくも、忙しなく蠢く俺達の日常が、帰ってきたのだった……。

鬼灯の花言葉「もう一度君に会いたい」


これにて鬼灯祭編終わりとなります!

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