第51話 おれたちはこどもだから
第51話 おれたちはこどもだから
……松柳さんが言うにはこうだ。
祭りを見に行きたいというエトの為に、松柳さんは一緒に出かけていた。執事服だと目立つので、私服で出かけていたそうだ。
護衛の人たちも連れて歩くと、エトが不機嫌になるので、敢えて松柳さん一人だけになった。
松柳さん曰く、護衛がいると、普通の人と同じように楽しめないから嫌だと。
しかし、それで納得する松柳さんではない。私服を着させ、程よい距離を取らせながら、護衛の人たちも連れて歩いていたのだという。上手いことエトにバレず、祭りも無事に終わると思っていた、そんな矢先だったという。
途中、エトが疲れた様子でベンチに座り、喉が乾いたと言った。ラムネが飲みたいと言ったそうで、松柳さんは一人で買いに行ったそう。ほんの少しの間だったという、安心しきっていたことを、彼は後悔しながら話を続けた。
……もの数分だった。
祭りで買った全てのものをベンチに置いて、そこから居なくなっていたという。
最初はふざけて隠れんぼでもしているのだと思ったらしい。しかし、周辺を探しても探してもいない。護衛たちに確認をしても、人通りが多くてどこに行ったかまで確認は出来なかったと言う。
情けないなどと、嘆く暇もなく、エトが行きそうなところ、隠れられそうなところ全てをくまなく探したようだったが、どこにもいなかった。そして、俺達が屋台をやっている事を聞きつけ、もしかしたら、ここで保護されているのかもしれないと思い訪ねてきたという。
「昨日今日の話でしたから、もしかしたらここだと思ったんですが……」
「そうだったんですか……。でも、すみません、ここでは見かけてないんですよ」
田本が申し訳なさそうに言うと、松柳さんはいいえ、と首を横に降った。綺麗な黒髪が力なく揺れる。
「元々はこちらの不注意なんです……いえ、不注意なんて言葉で済まされないのですが……」
「……お祭りで買ったものを置いて行った、って話ですが、どんなものを買ったんですか?」
そう言う俺の質問に松柳さんは指折り数えながら教えてくれた。ヨーヨーに仮面にぬいぐるみ、あとはりんご飴とチョコバナナだったという。祭りで買う典型的なものばかりだった。それならば、だ。
「……りんご飴とチョコバナナって、その時点ではもう食べ終わってたんですか?」
「いえ、食べかけでした……」
そう言うと、松柳さんは顔を俯かせながら下唇を強くかんでいた。多分、俺が何を言いたかったかわかったのだと思う。
というか、こんなに優秀な執事さんなのだから、居なくなった時点で予測はしていたのだろう。
「……すーちゃん、今のってどういう意味?」
仁都は俺に尋ねてきた。この状況にうまくついていけてないのだろう。そもそもの質問の意図も、多分、この場で理解しているのは松柳さんと俺だけだろう。田本ですら、不思議そうな顔をしている。
「あれだよ。食べかけってことは、それらすらの興味も失ってしまうようなものに、引かれたってことになるだろ?結果はどうであれ、それには食べ物も含まれているはずだ」
「うん、そうだね」
「ってことは、食事という行為よりも興味の引かれるものを、エトは見つけてしまったことになる。仁都と坂田は会ってないからあれだけど、昨日の大豆との様子を見るに、エトは新しいものに目が無いはず。だから、第一優先で考えるのは普通に迷子になった、だ」
「……なるほど」
「だけど、それなら普通に誰でも予測がつく。もう一つ怖いのは……」
と、俺が言うとした所を遮るように、声を絞るように松柳さんが答えた。
「……誘拐です」
そういった途端、その場にいた全員が凍りついた。最悪の結果が容易に想像出来たからだろう。いや、最初から想像出来ていても、それを現実味が帯びたものとして認識したくなかったのだろう。美由さんは、口元に手を抑えながら青ざめていた。
「ナミダ様の言う通りです。食べかけが残されているということは、その行為をやめる又はやめさせられたということです。それに、あの時は人混みが多かった。逆を言えば、人が多いので物音もなにも全て隠せるということです」
淡々と喋っているが、その目には自分に対する戒めと、仮にいたとする誘拐犯に向けた、憎悪と殺意が静かに宿っていた。今にでも見つけ次第、手を下していしまいそうな圧迫感があった。
「ですが、今は総力をあげ、警察とも連携して捜索しています。ですので、見つかるのも時間の問題かと思われますが……万が一、ここに来られた場合は連絡先を置いていくので教えて頂ければ……」
と名刺を取り出した時だった。
「……あの、俺、探してきます!」
「は?田本、お前、何言って……」
「だって、エトちゃん今頃一人ぼっちかもしれないんですよね?だったら……!!」
「でも、そうくん。だからって……」
「そうだよ。俺たちみたいな子供が関わっていい話じゃないぞ?」
「……でもだからと言って見過ごせないんだ!ごめんっ!」
「ソウゴ様っ?!」
そう言うと、田本は皆が止めるまもなく人混みの中に紛れていった。おい!待て!と、止める俺達の声を背にその姿はもう見えなくなっていた。
「……あんの馬鹿野郎っ」
坂田はそう言うと、軽く舌打ちをした。妹と重ねて考えるなよ……!と急に坂田は動揺したようにイライラし始めていた。
「なぁ、妹と重ねて……ってどういう意味なんだ?」
「田本に妹がいることは聞いた?すずめくん」
「ああ、聞いた。唯一の兄妹だって……」
「……あいつの妹もな、昔、誘拐されたことがあるんだよ」
「は……?!」
「正確には、誘拐されかけた。誘拐されて車に連れてかれているところを、防犯ブザーを鳴らしながら引っ張り出したんだ。おかげで、妹は助かった」
「でも……逆にそうくんは警察が来るまで誘拐犯に暴力を振るわれたんだって。で、その人が逮捕されたあと、そうくんはこう言ったんだって」
『……妹が無事なら、それは良かった』
「……って。血だらけになりながら、救急隊の人に話してたんだって」
「だから、それ以降から小さい子とか女の人が困ってたら見過ごせないとか言って……だから今回も……」
……衝撃的だった。それを聞いて俺は、以前、田本が不良に襲われていた時の話を聞いた。どうしても見過ごせない、彼はそう言って悲しそうに笑っていたのを俺は覚えていた。
「申し訳ありません……。ソウゴ様は責任をもって私が必ず探し出してこちらに連れて来ると約束いたします」
松柳さんは本当に申し訳なさそうに頭を深々と下げた。坂田は、頭をあげてください、と目を伏せながら言った。
「………ありがとうございます。しかし、元を言えば、あいつの勝手で飛び出したことです。俺達もあいつを探します」
坂田がそう言うと、仁都はあっ、と声を上げて手を挙げた。
「あの、そうくんを探している間に、もしかしたらエトちゃんが見つかるかもしれません。ですので、写真かなにかありましたら、見せて頂けると嬉しいのですが……」
仁都がそう言うと、松柳さんは名刺入れに入っていたエトちゃんの写真を俺たちに見せてくれた。
一応、外部に公開しないとの事で、坂田はスマホで写真を撮り、それを俺達に送ってくれた。ついでに、何かあったとき用の連絡先も教えて頂いた。
田本の既読がついたから、スマホを見てないわけじゃないらしい。
それを確認した坂田は、俯きながらスマホを握りしめた。その手はどこか震えていた。そして、自分のことを落ち着かせるように、ため息を吐いた。
「……なんでこうも、あいつは、自分でなんでもやろうとするんだろうな。俺たちは、まだ、子供だっていうのに……」
それは、皮肉にも現実を直視している発言だった。そう、確かに、俺たちはヒーローでもなんでもないのだ。ただ、子供から間延びしただけのただの男子高校生だ。それは、誰もが一番分かってるはず。でも、それでも……。
「……田本は、それを分かってて、止められなかったんだと思う」
だって、子供だから。
それが悪いとか良いとか、そんな理由は必要ないから。助けたいから、そうしなきゃいけない、と田本の中の何かが感じた。そんな気がする。
俺がそう言うと、坂田は目をまん丸にして、また呆れたようにため息を吐いた。付き合いが長い坂田は、こんな態度であれ、田本のことをかなり心配しているのだろう。
「……ともかく、手分けして探しましょう。もし、お嬢様を見かけた際は必ず私に連絡を。仮に、誘拐犯がいたとして、一緒の場合は、警察か私に連絡してください。自分たちの判断で突っ込まないように」
「分かりました」
「あの……松柳さんも無茶しないで下さい」
「ありがとうございます。ですが、無茶をするのが私の専売特許ですから」
そう言うと、松柳さんは苦しそうながらも、ニコりと微笑んだ。
「探すのなら、私たちも手伝うわよ?!」
「待って、美由さん達はここにいて。田本が戻ってくるかもしれないし、その時は俺に連絡して」
「でも、高校生の貴方達だけで探すなんて……!」
「大丈夫。それに、田本のことをよく知ってる俺達の方が、見つける確率は高いでしょ?ほんとに危なかったら警察に連絡する」
「で、でも……」
「……分かった。でも、無茶はダメだよ」
「京治さんっ!」
「こういう場合は、言ったって聞かないよ。それに、俺も探すつもりだし、今、地元の男達にも連絡したから」
「京治さん……ありがとうございます」
「それじゃあ、目安は一時間として見つからなければ、再びここに戻ってくるということで、いいね?」
全員ではい!と言うと、いい返事、と京治さんが笑った。
俺たちはそれぞれ人混みをかき分けながら、バラバラに分かれて二人を探すこととなった……。
夏の残響が、やけに、明瞭で耳の中にこだました……。




