第49話 あやしいひとかげ
第49話 あやしいひとかげ
「田本~、そこ引っ張って~」
「りょーかい。よいっしょ、っと……」
「すーちゃん、そこは大丈夫?テーブルの足組み立てられた?」
「待って、あと少し……」
時刻は午後六時半。夕日が雲を掻き分け、地平線の中に吸い込まれようとしていた。日照時間は長いとはいえ、一日一日着実に暗くなる時間が早まっている気がする。
商店街は昨日と変わらず観光客や地元の人で溢れていた。浴衣や着物を着た人達が多い。歩く度に揺れる袖の絵柄が波を打っていた。
そんな人混みに紛れながら、俺たちは屋台に使うテントやテーブル一式を公民館からお借りして、配置されたスペースに設置していた。
商店街のアーケードを抜け、その中央、俺が昨日、迷子の女の子と出会った時計塔のある広場での出店だ。たくさんの人が交差する場所なので立地としてはかなりいいポジションを取れた、と美由さんは京治さんを褒めていた。
もちろん、俺達は設置のお手伝い。しかも、祭りが始まれば接客やら調理やらをしなければならないとのことで、俺には荷が重かった。ただでさえ、この見た目で、尚且つ色んな人に見られてしまうのだから、半分心苦しいものではある。
思わず、ため息が漏れる
まぁ、そんなことを言ってしまえば、田本も坂田も、条件は同じだが……。
彼らと俺は違うのだ。彼らは人工的に染めたのであって、地毛ではない。俺とは気楽さが違うのだ。
坂田はテント張りを田本と、俺はテーブルを仁都と組み立てることになった。思ったよりも複雑な仕組みのテーブルで最初は理解するのに時間がかかった。
ネジにプラスドライバーを合わせて回すが、なかなかうまく回らない。むしろ、力加減が合わなさ過ぎて表面の金属が削れていってしまっている。ガチャガチャと動かし、削れて砂になる金属片を眺めながら、俺は考え込んでしまった。
昨日、エトにあれだけカッコつけたくせに、当の本人は女々しくも悩んでしまっている。なんとも情けない。あの日、仁都が言ってくれた言葉を、信じてるとか信じていないとかの、そういう話じゃない。
坂田も田本も、俺の髪の色に特に言及している訳ではない。そんな素振りは今まで、一つも無かったし。
……だけど、無かっただけで、本当は心のどこかで思ってるのかもしれない。もしかしたら、口に出さないだけで、心のどこかで俺のことを……。
『【嫌ってる】のかも、しれないねぇ?』
脳裏に垢抜けた声が響き、持っていたプラスドライバーをガシャンっと落としてしまった。ネジとうまく噛み合わなかったようだ。
背筋がゾクリとして、辺りを素早く見渡した。どこを見てもあの声の主はいない。いや、居なくて当たり前なのだ。ここしばらくは大人しくしていると思ったのに……不意打ちを食らってしまった。
……あの電車の窓で見た幼い頃の自分に。
「……あいつ、いつの間に」
そう呟くと、思ったよりも大きな音を立ててしまったようで、仁都が驚いたようにこちらに飛んできた。
「どうしたのすーちゃん?!大丈夫?!怪我してない?」
「あ、ああ。ごめん、手元見てなかった」
「そう、それならいいんだけど……」と言ったあと、俺の組み立ててるテーブルの足を見て、何かを悟ったのかニコりと微笑んだ。
「すーちゃん、もしかしてこういうの初めて?」
そう言うと、半袖シャツの袖を捲り、代わって?と言い、慣れた手つきでドライバーとネジを持って回した。ドライバーと体を平行に合わせ、左手で先端を支えながら右手で柄を持ち、一定のリズムで回す。
表情こそは柔らかいものの、目つきは真剣そのものだった。
「こういうのはね、少し押しながら回してやるとしっかりと奥までネジをはめることができるよ。
あとは、体とドライバーを平行にして対角線に同じ巻き数で合わせるといいよ。片方ずつやってると、ズレてくるから、ネジを外す時はいいんだけど、ネジをはめる時は気をつけてね?」
仁都がそう解説しながら出際よく交互にテーブルのネジをはめていく。手際がいいので、ものの五分もかからず四つのテーブルの足を組み立てることが出来た。しかも、どこも歪んでいなく、平行。
「これぐらいは朝飯前~」と口笛を吹いてドライバーを回していた。
俺とは比べ物にならない手際の良さに面を食らった。
「つーか、よく出来るな。俺、こういうの苦手だから出来ないんだよな」
「へー、意外。すーちゃん、なんでもこなしてそうだから出来るのかと思ってた!」
「……お前は俺をなんだと思ってるんだよ」
「あ、じゃあ、車のタイヤ交換とかもしたことない?」
「したことないな。うち、車もないし」
一応、姉貴は免許取ったらしいけど、通勤は基本電車だし……。俺はもちろんのこと、両親に関しては海外にいることの方が多いから持ってないしな。全くもって縁がない。
「ってか、その言い分だと車あるのか、仁都家には」
あのマンションからして、地下に大きな駐車場ありそうだよなぁ。でも、誰が運転するんだ?仁都じゃあるまいし、満島さんか?
「あるよー。三台くらい?ほぼ、由香さんの車なんだけどね。冬になるとタイヤ交換しなきゃいけなくて、いつも頼まれてるんだ」
「えっ、タイヤ交換って仁都がか?ってかそれは普通に出来るのか?」
「できるできる。一年前だったかなあ、道具はあったんだけど、業者が呼べなくてスマホで調べながらなんとなくでやったら出来たんだよね」
「なんとなくって……そんなんで出来るのかよ」
「うん、タイヤ交換ってなにも業者に頼むだけじゃなくて、自分でやってる人の方が多いみたい。コツは、ネジをはめる時に対角線を意識すること。さっきも言ったと思うけど、一つずつはめるとズレちゃうから絶対にやっちゃダメだよ?」
「へぇ、なるほどな」
それなら納得……というか、まさか、仁都の方から何かを教わる日が来るとは思わなかった。もしかしたら、今日は雪か吹雪になるんじゃないかと思うくらいに。
説明が饒舌過ぎて、途中から話が抜けてしまった。しかし、生き生きとしながら話すその姿は愛らしいものだった。
……なんとなく、仁都が工業科でやっていけてる理由が分かった気がした。
仁都に教わりながら、四苦八苦と組み立ていく。十数台あったテーブルも、なんとか組み立てることができ、テントに並べることが出来た。気づけば、設置から三十分は経っていた。
時間が経つのがあまりにも早い。いや、早いというか、作業の効率が悪かったと言うべきか……。
結局、ネジ締めの大半は仁都が終わらせてくれた。俺はそのサポートとしてズレないように穴の位置を手で固定しただけ……。なんだろう、どこか情けなく感じた。
「お疲れ様!みんなありがとう~!」
美由さんは手をパチパチと叩いた。白いタオルで汗を拭って、両手を腰に手を当てた。他の手伝ってくれた地元の人にも聞こえるように、美由さんはニコッと笑って言った。
「ノンストップで手伝ってくれてありがとう!本番は七時からだし、それまでは各自休憩してて!あ、でも、十分前には戻ってきてよね?!」
その言葉に、皆バラバラに返事して散って行った。思ったよりも重労働だったからか、丸椅子に座ってくたびれる人達や、もう既に、ビールという燃料を投下している人達がいた。
燃料投下にはまだ早い時間なんじゃ……とも思ったが、うちの姉貴も乙女ゲームをガチで攻略する前はお酒を飲むタイプだ。
その方が、萌えというものが感じやすくなるからとかなんとか。ああいう大人には決してなりたくはない。
その集団を避けて、隅っこの奥の席に死んだように顔をうつ伏せている坂田と田本がいた。坂田ー、田本ー、と呼びかけてもまるで返事がない。
「もう無理。引きこもりにこれは辛い……殺してくれ……」
「でも、坂田はまだマシだって、力あるんだし。俺なんか、明日、筋肉痛になってる気しかない……」
持久力なしチームにはこの作業は向いてないらしい。本当に同じ男子かと思うくらいに、だ。これじゃまるで中年のおじさんだ。
いや、おじさんでもここまで根を上げていないだろう。現にここの地元のおじさんは元気いっぱいだ。
「……可愛い女の子が応援してくれることを所望する~っ」
「……諦めなよ坂田?願ったってそんなものはやって来ない」
「そうだよ、そーちゃん。高望みのし過ぎはいけないよ?」
「なんか、お前らに言われると腹が立つんですけどー」
「まぁまぁ、お前は頑張ったよ坂田」
机に伏せながらぶーぶー文句を言う坂田を宥めながら俺は頭を撫でた。「子供扱いしなくていいんですけどー……」と不満そうに顔をそっぽ向かせていたが、落ち着いてくれたようで良かった。
不機嫌な姉貴の態度にそっくりだなあ、妙に子供っぽいところも。
「何が欲しいんだって?」
そう言うと、美由さんは蓋の開いたラムネの瓶を四本、テーブルの上に置いた。半透明な白藍の世界の中に耳をあてると、炭酸の弾けた音が耳に届く。
「何がって、あれだよ美由さん」
「いや、あれだよで分かんないわよ」
「あれだよ~、男子高校生と言えば、可愛い女の子との青春だよ?美由さん~、分かってないなぁ」
ちっちっちっ、と指をふる。格好をつける意味があるのか。というか男子高校生=可愛い女の子との青春というのもどうかと思う。ゲスいことしか考えてないことが手に取ってわかる。
すると、美由さんは「あらっ」と意外そうな顔をした。
「ここにいるじゃない?可愛い子」
そう言って笑顔で自分の方を指さした。
……途端に、場内がしんっと静まり返る。
「……は?」
……僅かな沈黙を破ったのは坂田だった。しかし、返ってくる答えと、誰も何も言わなかったからか、美由さんは眉を下げで納得のいかない顔をした。
「なんで、は?なの?」
「だって、美由さん『女の子』って感じじゃないじゃん?」
「……ん?それはどういう意味かしら?」
「そのまんまの意味~」
「はあっ?!」
「ああ!ち、違いますよ美由さん!きっとそーちゃんが言いたいたいのは、可愛い女の子と言うよりも、可愛らしい女性と言いたかったんだと思いますよ!!」
「あら、そうなの?」
「……要するに年齢的に考えてってことで~」
「おい坂田!」
失礼だろ!と俺が止めるも時すでに遅し。坂田のその一言に、美由さんは何かが吹っ切れたように暴れだした。
「だあーっ!!もう、失礼しちゃうわ!女性でも可愛いんなら、可愛いって言いなさいよね!
ってか、京治!あんたなんで黙ってるのよ?!」
なぜか怒りの矛先が京治さんに向けられてしまった。
「えっ、ええ?!今来たところだから、何が何だかわからな……」
「問答無用!覚悟しなさい!」
と京治さんを巻き込み、わーわー!と騒ぎだした。あはは……なんて乾いた笑いをしながら眺めていると、ふと、視界の端に見たことのある色が目に入った。
「……エト?」
それは紛れもなく、なにかに引かれるように歩くエトの姿だった。
お待たせしてしまって申し訳ありません。
現在、PV第二弾の製作を行っています。
よろしくお願いします。




