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第48話 しょくよくにかてない

 第48話 しょくよくにかてない


 旅行、もとい、お手伝い2日目。

 食堂のランチはお休み。本日が鬼灯祭本番の為、お店を畳んで商店街の方を手伝うことに。とは言っても、手伝い自体は夕方からするので、それまでは民宿のメンテナンスや食材の下準備に精を出していた。

 食材の下準備は、民宿の食事も兼ねてであるが、鬼灯祭に屋台を出店する為である。今年は京治さんが鬼灯祭の実行委員になってしまったため、屋台をやることになったようだ。お人好しだかららあの人と、ため息をつきながら話してくれた。

 でもその姿を見る限り、嫌そうでは無かったし、むしろ京治さんのその優しさを愛しそうに感じている姿は流石夫婦だなって思った。


 お昼近くまで民宿の外観や内観の細かなメンテナンスをした。主に仁都と京治さんと俺が力仕事を中心に、田本と美由さん、あと大事をとって坂田を含め、細かな軽作業をすることになった。

 坂田自身は大丈夫だとの事だが、今日も陽射しは強い。また倒れてしまうかもしれない。そうなれば今度こそ旅行どころではなくなるだろう。

 俺が代わりにやります、と言うと坂田は申し訳なさそうに「ごめん……」と言った。坂田にしては素直だな、と思っていると「すずめくんごめんね……田本が力無いばかりに……」と悪気があるのかないのか、田本を思いっきり指さした。


「……坂田~?人を指さすなって習わなかった?」

「ぐ、ぐあああ、タイムっ!ジョークですから!ジョークだから田本さん逆に関節を曲げるのやめてください!」


 田本はキラッキラなスマイルを浮かべながら、指された指の関節をギギッ……と逆に折り曲げていた。昨日のあの、割り箸が割れない田本からは、想像ができないほどの力強さだった。

 恐ろしい……目が全く笑っていない。綺麗な顔をしているはずなのに真っ黒に染まっていて、憎悪に塗れているのが手に取れて見えた。

 なんとか、田本と攻防し、人差し指を救い出した田本は、手首を鳴らすようにぶらぶらと振った。時々、火傷したかのようにふーふーっと息を吹きかけながら涙目になっていた。


「……あんまり調子に乗ると俺怒るからね?」

「今でも充分怖いんでやめてください」

「じゃあ、今は大人しくしてること!いいね?」

「はーい……」


 まるで、悪戯っ子を宥める(?)母親のようだ。田本はやんわりとそう言うと坂田はこれ以上怒らせるとどうなるのか分かっているのか、目を逸らしてそれ以上は言及しなかった。

 京治さんはそわそわしながらその様子を伺っていたし、美由さんは口元を手で抑えながら笑っていた。俺に至っては、仁都と顔を合わせて呆れたような困ったような笑みを浮かべた。


 お昼頃には必ず作業を終わらせて、みんなでご飯を食べること。


 そう美由さんと約束をし、俺たちはそれぞれ分担した仕事へと取り掛かった。本日は鬼灯祭。陽射しは肩に食いこむように熱く、肌に張り付くように蒸される。今日の夜も綺麗に星が見えるといいんだけど、と俺は自然と空を見上げていたのだった……。


 壁の補強や屋根の修理、物置と蔵の整理など、作業自体はトントン拍子に進み、何事も無く終わった。気がつけば、時計の針はとっくにお昼を回っていた。

 あまりに作業に没頭していたからか、誰も美由さんの声が届かなかったようだ。わざわざお昼ご飯の用意が出来たと呼びに来たのに、誰一人返事をしなかったので無視されているのではないかと思ったらしく、美由さんは頬をふくらませて不貞腐れていた。


 すみませんと謝ると、「許してあーげない!」と横を向かれ、俺達がオドオドしていると「……ふふっ、嘘だよ~!」と吹き出すように笑い出した。からかわれてしまったらしい。


「2人とも、集中するのは構わないけど、没頭しすぎて水分補給とか忘れないようにね?これ、お姉さんとの約束!」


 そう言う表情は明るくて可愛らしいものだったが、坂田のことがあったからだろう。俺と仁都は特に念を押された。美由さんなりの気遣いなのかもしれない。

 民宿に戻ると、炎暑に包まれていた体が涼味を帯びた。クーラーの冷気が皮膚に浸透し、ベタついた汗を拭い去ってくれた。

 ダイニングテーブルには、既に人数分の料理が用意されており、キッチンからはオイスターソースの焦げた匂いが鼻と腹の虫を誘っていた。

 後ろ姿からしか分からないが、坂田がエプロンをつけて何かを調理しているようだ。ジューっと何かを焼いた油の跳ねる音が聞こえ、そこからオイスターソースを焦がす甘しょっぱい匂いがした。


「あ、おかえり。大変だった?大丈夫?」


 声をかけてきたのは田本だった。テーブルクロスをひいて食器を並べているところだった。陶器に入った粒が立った光沢のある炊き立てご飯に、みょうがの入ったあごだしの味噌汁、ひじきの入った豆と蒟蒻の煮物。今日のお昼は和食のようだ。


「んー、いいにおい!俺、味噌汁の匂いって好きなんだよね~。なんかこう、和食の定番って感じ?だから好きなんだよねー」


 ……それは分かる。俺もどちらかと言うと和食の方が好きだ。味噌汁とかお吸い物の香りが堪らない。

 あの、煮干やあごなどの魚の出汁や鰹と昆布の合わせ出汁の香りは、自分が調理していても癒されるものである。


「すーちゃんも和食好きなんだね!頬が緩んでるよ~!」


 仁都はそう言ってやんわりと笑う。子犬みたいにふにゃけた笑顔は少年のような幼い面影を感じた。小学生かお前は。

 ……しかし、そんなにも顔に出てしまっていたのか。仁都が分かるってことはそれまでに緩んでいたのかもしれない。

 俺は自分の頬を両手でむにっと引っ張った。別に柔らかくはない筈だ。少し横に伸びるくらいで、手を離せば軽く反動して元に戻った。もしかしたら、最近、表情筋が柔らかくなってきたのかもしれない……。

 ちょっとした自分の変化にどこか嬉しいようなムズ痒いような気持ちになった。


「どうしたの?すーちゃん、ほっぺたが何かあったの?」

「いや、なんでもない。ちょっと柔らかくなっただけだ」

「?」


 疑問符を頭に浮かべた仁都は不思議そうに首を傾げていた。


 ……調理が済んだのか、坂田がこちらに振り返ると盛り付けを手伝って欲しいと頼まれた。俺は田本の手伝いで食器を並べたり、麦茶をコップに注いだりしていたので盛り付けは仁都に任せていた。

 意外なことに、仁都は手先が器用なようで、そのままレストランでも出せそうな綺麗な盛り付けをしてきた。


 メインディッシュはハンバーグ。先ほど坂田が調理していたのはこれだったようだ。ふっくらとした、俵型に仕上がり、ギュッと詰まった肉の表面からは、切ってもいないというのに肉汁が見え隠れしている。

 表面を箸で押せば、しっかりとした弾力が。しかし、一度その身を切ってしまえば、旨みを凝縮した波皿一面を満たすだろう。


 空腹になった肉食動物には充分過ぎる代物だ。


 そして、形状に沿いながらかけらたブラウン色のソースは、坂田曰く隠し味のオイスターソースだという。焼いた時に出た肉汁とオイスターソースを合わせて、焦がしたのだという。その話を聞くと、仁都のお腹がグーっと鳴った。正直者である。


 副菜である野菜たっぷりのポテトサラダと千切りしたキャベツ、みずみずしく皮の張ったプチトマトがいい具合にメインディッシュを引き立てていた。

 引き立てる、と言うよりかはそれぞれがいないとむしろ引き立たないというのか、配置がそれだけ完璧だった。


「凄いな……」

「仁都は手先が器用だからね。仁都が工業科で留年しないのは、この手先の器用さなんだよね」

「そーそー、実技だけはこいつ完璧だから~」

「へぇ……ある種の才能だな」

「才能なのかなぁ?文字を眺めるわけじゃないし、こういうのは感覚でやってるよー」

「……これで少しでも座学が出来れば本当にいいんだけどな~」


 そう坂田にジト目で言われ、ウッと喉に餅を詰まらせたように顔を歪めた。それは一生無理。顔面蒼白しながらそう言った。

 アレルギーでも持っているのか、勉強に関するワードを聞いた瞬間に虫を潰したような嫌な顔をする。わかりやすい。


「……ってか、俺は坂田の方も意外だったんだけど」

「何が?あ、料理が出来ること?」

「まあ……」

「そーちゃん凄いんだよ!うちの学科の男子で唯一料理作るようが出来るから重宝されてるんだよ~」

「お前もだけどな、仁都」

「俺は仕上げと下準備しか出来ないもん」


 仁都はムッとひよこのように口を尖らせた。そんな仁都を無視しながら坂田は席についた。


「なんかさ、この民宿の手伝いをするようになってから料理にハマっちゃったんだよね~」

「だよね~。今じゃ、息抜きで料理作るようになってるよね、坂田」


 田本がそう言うと、坂田はうんうんと感慨深いように腕を組んで目を瞑った。


「そうそう。曲作りとかに行き詰まったら基本的になんか作ってるかも?」

「作るのはいいんだけど、作りすぎて、消費する為に俺か仁都が家に呼ばれちゃうんだよね……」

「いやぁ、集中すると量とか考えなくなるんだよね~申し訳ない」

「へ~、食べてみたいもんだな」

「いやいや、お料理ガチ勢のすずめくんに比べたら、俺なんて俺なんて……」

「なんでそこで謙虚になるのか……」

「すーちゃん、料理上手だもんね!」

「まぁ、嗜む程度だけど……」


 昔から家事とかやってると自然に身につくもんだよ。俺はそう言いながら適当に席につくと、田本は坂田の隣に、仁都は俺の隣に座った。

 コップに入った麦茶は氷を溶かし、カランっと音を立てていた。


「おー、美味しそうだなぁ」

「へぇ、なかなか綺麗に盛り付けられたんじゃない?空琉、料理の腕あげた?」


 どこかに行っていたのか、美由さんと京治さんが戻ってきた。二人は盛り付けられた料理を見ると感嘆の声を漏らしながら席についた。喉が乾いていたのか、京治さんは麦茶を一気に飲み干した。その様子をみた坂田は、違う違うと手を横に振った。


「盛り付けたのは仁都。俺はただハンバーグを焼いただけだし」

「へぇ、仁都くんが!手先とセンスが良いのね~!」

「あはは、感覚で盛り付けたので適当ですよ」

「適当って言っても、ここまで綺麗なのはなかなかないぞ」

「嬉しいわね、こんなに素敵なお昼ご飯になるなんて幸せ~」

「さっ、少し遅くなったけど午後の作業に向けてまた力をつけよう。それでは、手を合わせて……」


「「「いただきます」」」


 肉汁たっぷりのハンバーグは、男子高校生の胃袋を満足させるほど絶品で美味なるものであった……。







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