番外編① もう一度、一緒に。
ここから、番外編です。
雀宮お姉ちゃん、雀宮紫のお話。
甘い砂糖菓子のように甘ったるいのでご注意を。
番外編① もう一度、一緒に。
「……雨って、嫌いなのよね」
そう窓の外を見つめては、ぽつりと呟いた。シトシトと打ち付ける雨を眺めて何が楽しいのかと思う人がいるかもしれない。
打ち付けられた雨粒が、一つに集合して道を作り、放射状に模様を作って静かに地面に落ちる。
残暑が厳しい日が続いていたから、草木や花には恵みの雨だと思う。私自身、水やりをする手間が省けた、だなんて得した気分を味わっているし……。
「……なんてこと思ってたら、泪に怒られちゃうよね」
なんて尋ねる私の問いに答える人間は誰もいなかった。
夜。もう深夜近い十時半。シーンと静まり返ったリビングの中に響くのは、冷蔵庫の稼働音と掛け時計の針の音、そしてテレビから流れるニュースくらいだった。
ソファで寝転びながら、淡々と原稿を読むアナウンサーを横目にスマホでゲームをしていた。
我ながら、丸一日こうやってジャージで過ごしているのもどうかと思ったが、訪ねてくる人物も、この格好に文句を言う人物もいないのだ。
だらしなくなってしまうのは仕方の無いことである(?)と私は自分に納得させた。
いつものヘアバンドに、いつもの眼鏡、おつまみのさきいかに、蓋を開け中途半端に残した缶ビール……。
会社の人が見たら卒倒してしまう位の格好でだ、もちろん自覚はある。
表では、バリバリのキャリアウーマン、裏ではオタク街道まっしぐらの干物女。ハハッ、そりゃあ出会いも恋人も婚期も逃げるわけだわなぁ……。
でも辞められないんだよなあ……と思いながら適当なところでゲームを済ませて、スマホを置き、ゴロンっと寝転んだ。
深夜のニュースは一日の総締めを知らせてくれる。例え朝や昼にニュースを見なくたってこれさえ見てしまえば、会社での話題に困ることは無いのだ。
「はぁ~、一般人を演じるのも辛いもんだわ~」
そう思いながら、テーブルテレビのリモコンを取りながら適当にチャンネルを回した。この時間はどこも同じような内容なのだが、その内容を、いかに興味を持たせるように作ってあるのか見るのもなかなか楽しいものである。
……と、思っているとあるチャンネルで手をとめてしまった。
それは、どこかの町のイベントの内容だった。昼間にあったようで、町おこしにちなんで色々とやっているようだった。すると、レポーターが笑顔で楽しそうにこう言っていた。
『このイベントはカップルが非常に多く、このイベントに参加したカップルは永遠に結ばれるというジンクスがあるようです!』
「はぁ、ジンクスねぇ」
『さぁ、早速!幸せそうなカップルに突撃してみましょう!あ、発見発見!こんにちはー!』
と、レポーターは大学生らしきカップルに突撃して行った。レポーターが根掘り葉掘り聞くと、彼氏の方も彼女の方もデレデレになりながら答えていた。
「こんなの見せられて楽しいと思うのかねぇ……」
ケッ、とイラッとしながら起き上がり頬杖をついた。女性らしくない?知ったことか!私は虫の居所が悪いのだ。
三連休とはいえ、浮かれすぎなのでは無いかと思う。そんな四六時中恋人といたら自分の時間なんてなくなってしまうだろう。そこまで相手に尽くそうなんて、昔ならともかく、今は出来ない、出来るわけがない!
そう私が文句を心の中で溜めながらビールを飲んでいると、外の方からゴロゴロと岩が雪崩るような音が聞こえた。
あら、雷かしら?と思っていると、次の瞬間に真っ白な光が視界に入り、また先ほどと同じようにゴロゴロ音が鳴った。
すると、いつの間にか風が吹いていたのか、風の音と共に窓が軋む音も聞こえた。
嵐が来るのかしら?まあ、戸締りしてあるから大丈夫でしょ。
残念ながら、雷や嵐を怖がるような女ではない。か弱い女の子なんて私には似合わないのよ。ふふんっ、と鼻を鳴らした。
「……ってか、いつまでやってるのよこの特集。早く終わって次のニュースやってほしいんだけど」
などと、カップルの戯言を聞きながら愚痴をこぼしていると……私は思わず目を開いて、テレビに映る『それ』を二度見してしまった。
「……は?なんで藤見くんがいるの?」
私は思わず、口につけていたビールを吹き出してしまった。缶ビールを置いた振動で、さきいかの袋がズレてテーブルから落ちそうになった。
まさに、そのテレビの画面にいたのは藤見くんだった。レポーターにインタビューされているわけではなく、カメラに映り込んでしまっただけだろう。友達と来ているようで、それなりに盛り上がっているようだった。
藤見くんを含めた男女六人のグループのようで、属にいうグループコンパみたいなものなんだろう。
へー……と眺めていたら、とある可愛らしい女の子が強引に藤見くんの腕を引っ張っては絡ませていた。おっとっと、と体制を崩しながらも表情はどこか笑顔で……
……私は思わず、テレビの電源を切ってしまった。
その瞬間、ピカッと雷が光ったあと何かが大きく崩れたように地響きが鳴った。まるで私の心の何もかもを壊すようだった。
近くに落ちたようで、まだその地響きの痺れが体に来ていた。それだけならまだいいのだが、私の胸は嫌に鼓動が速くなり、体中から変な汗がじわりじわりと出ていた。
「……あ、ああ、明日の天気予報見なきゃ」
ぎこちない手つきでリモコンの電源ボタンを押すと、ちょうど天気予報を伝えているようで、今夜から明日にかけては大嵐になるとの事だった。
私は体育座りをしながら、睨むようにニュースキャスターを見た。別にニュースは悪くない。悪いのは私なのだ。
な、なにやってんの私。
別にさっきのところで、テレビを消す必要なかったじゃない。
馬鹿じゃないの?
藤見くんが誰と遊んでいようが、くっついていようが関係ないじゃない。
例えそれが女の子とくっついていたからって……だからって……。
私はギュッと足を抱え込みながら目を伏せた。胸に少しだけズキッとした痛みが刺さった。
……今更、動揺してるの?私……。
「……藤見くんとは、もう終わったことじゃないの」
そう呟いて、顔を伏せた時だった。ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。何よ、こんな時間に……時と場合を考えてよね、と居留守を使おうと無視をしていたのだが、何度も、ピンポーンピンポーンと鳴らされるものだから「あー!もう!なによ!」と半分八つ当たりしながら玄関へと向かった。
廊下の電源をつけ、玄関先に向かうと打ち付ける雨風が酷いのか、ガタガタと扉は大きく揺れていた。
なんなのよ!私の折角のおひとり様ライフを邪魔する奴は!
というか、こんな真夜中なのに訪ねてくるとかどういう神経してるのよ!
玄関についたというのにまだチャイムを鳴らされるものだから「はいはい、今開けますよー!」とキレ気味に、鍵を開けて扉を開けた。
すると、激しい突風と雫が入り込んでくると共に大きな影が私に覆い被さってきた。そして、それはついさきほど見たあの人だった……。
「……先輩、雨宿り、させてくれませんか?」
そう言うと、その人は壁に持たれかかりながらずるずるとしゃがみこんで笑った。雨に濡れた黒い毛先から雫がポタポタと落ち、服は上も下も全てを水を吸って、肌に張り付いているようだった……。
「なんで、ここにいるの……?」
私は目を疑った。驚きすぎて、今置かれてる状況を理解するまでに時間がかかった。
「藤見くん……どうして、ここが……」
分かったの?と聞くよりも早く、藤見くんのは目をつぶって、バタリと倒れてしまった……って、え?倒れた?!今、倒れたよね?!
「藤見くん?!ねぇ、藤見くん!!しっかりして?!」
私は藤見くんの体をゆっくりと起こして、呼吸と意識の確認を取った。声をかければ僅かだが反応があり、呼吸もきちんとしていた。
とりあえず、体を温めてやらないと……!!
立てる?と藤見くんのに肩を貸してそのままお風呂場へと連れて行った……。
どうしてこんなことになったのよー!!!!
私の悲痛な心の叫びを打ち消すように、大きな雷がまた一つ、地上に落ちたのだった……。




